ヒグチユウコさんが描きたい少女の幽玄さ 「スレスレを探っている」

山根由起子
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 不思議ないきものたちや美少女を、美しくほの暗いタッチで描き出す画家・絵本作家のヒグチユウコ。2019年から全国9会場を巡回した大規模個展が東京に帰還。六本木で開催中の「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」は盛況だ。絵本の原画やホラー作品など約1500点を展示。美しいのにゾクゾクする、かわいいけれど邪悪……ヒグチワールドの魅力の根源はどこに? ヒグチさんに展覧会の見どころについて聞いた。

 ――会場中央にテントを模した展示があります。展覧会のテーマはなぜ「CIRCUS(サーカス)」なのですか?

 サーカスは、楽しいけれど、ちょっと寂しくほの暗い感じがします。明るい部分と暗い部分を併せ持つイメージが作品とリンクするのではないかとテーマにしました。全国の会場を巡回していく展覧会だったので、サーカスの巡業のイメージとも合います。移動しながら仲間も増やしたいと、会場ごとに展覧会のビジュアルも描き下ろしました。

 ――今回の東京会場用の描き下ろし作品「終幕」について教えて下さい。会場では映像で作品を描き上げる過程も上映していますね。筆運びがすごく速くて緻密(ちみつ)なので驚きました。

 「終幕」は鉛筆で下描きをして、水彩絵の具で描いています。会場が六本木ヒルズなので雲の上にあるイメージにしました。制作に要したのは丸5日ぐらい。

 巡回がスタートする前に制作した「Circus」では、魚の上にサーカスの団員たちが集っています。今回は巡回を終えて、団員たちを降ろして、1匹になり、「お疲れ様」みたいな顔をしている魚を中央に描きました。

 周りにモチーフをみっちり敷き詰めています。隙間恐怖症なので、隙間なく埋め尽くしました。

「ギュスターヴくん」はどのように生まれたか

 ――いろいろな猫や犬たちの作品は表情がありますね。性格や個性も見えてくるようです。

 動物たちの作品の展示は多くあり、思い入れのあるものもあります。作品にも登場する私の家で飼っている猫は、私が仕事をしている時も紙を破ったり、ものを落としたりと邪魔をしてきます。それは、彼(猫)との共同作品でもあります。本展でも、ある場所に彼のひげを1本展示しています。

 私が描く猫や犬には、モデルがいる場合が多いです。飼い主とセットのイメージですね。一緒に働いているスタッフさんの猫たちもいます。昔飼っていた子たちの写真を見せてもらって、飼い主さんの言葉を通して描くこともあります。どれだけかわいかったかが分かり、その気持ちをイメージして絵を生み出すのも面白いです。

 ――顔はネコ、手はヘビ、足はタコの「ギュスターヴくん」が大人気ですね。どのようにして生まれたのですか。

 本展では初代の「ギュスターヴくん」も展示されているのでぜひご覧下さい。顔はうちの飼い猫で、手は魚で、背中にはウロコが生えていました。もとは2本足でしっぽもついていたんです。その絵を見て、共同制作をしているぬいぐるみ作家の今井昌代さんに「立体化して」とお願いをして、できあがったぬいぐるみ作品が最終的に6本足でした。その際に、「その(6本足の)方が具合がいいんだよ」と今井さんに言われました。そして、絵も6本足になったのです。今井さんは盟友的な存在で、作品は私に刺激をくれます。

 「ギュスターヴくん」は悪いことばかりしていますが、絵を描くのも好き。好きなものを好きに描いています。何か理由があって存在しているわけではなく、私自身を投影しているのかもしれませんね。

 会場でも「ギュスターヴくん」の短編アニメーションを上映しています。私の脳内のギュスターヴくん像はもっといじわるなのですが、アニメではややかわいくなっています。アニメ制作の方たちのピュアなところが出ているのかもしれません。そこも面白いところです。

 ――本物の猫になりたいと願うぬいぐるみの「ニャンコ」と猫たちの交流を描いた絵本「せかいいちのねこ」シリーズは親子に人気です。絵本の原画コーナーもにぎわっています。息子さんとのエピソードがあるとか。

 「ニャンコ」は息子がいつも抱っこしていたぬいぐるみです。洗うとにおいが消えるといって悲しがるので、涙もしみついてボロボロでした。「せかいいちのねこ」に出てくる「アノマロ」は、古生代の生き物の「アノマロカリス」ですが、今井さんがそのぬいぐるみを息子にくれたのですよ。息子は2匹のぬいぐるみをいつも抱えていました。「ニャンコ」は抱きすぎて、へこんでペラペラになってしまったので、今井さんが綿をつめてパンパンにしてくれました。胴体を切り開いて綿を詰めるとき、息子は「見たくない」と言っていました。パーンと太った「ニャンコ」を息子はギューッと抱きしめていましたね。彼女(今井さん)は息子にとってお医者さんでもあります。

 ――和のコーナーの「ギュスターヴ若冲雄鶏図」は江戸時代の画家、伊藤若冲へのオマージュで仕上げた作品ですね。

 2016年に若冲の生誕300年を記念して、京都高島屋で作品の複製の掛け軸を展示しました。ギュスターヴくんが、鶏にタコ足を巻き付けてさりげなく闘っていて、しかも勝っているんですよ。若冲の本も胸に抱えています。私の絵は真面目に鑑賞するというより、楽しんで見てほしいですね。

 若冲は絵がうまいし、現代の人に近い感覚がありますね。お絵描き大好きな静かな印象。遊びに来たら、隣の机でずっと描いているけれど、別にしゃべるわけでもないみたいな感じの。

幼少期に見たホラー映画が影響したもの

 ――ヒグチさんの描く少女は美しく、ちょっと怖い雰囲気もありますね。展示の作品でも、鋏(はさみ)やカタツムリと少女など、組み合わせも不思議です。

 実際の人物というより、概念としての少女、虚構のような形で描いています。少女の幽玄さのようなものを出したいのです。エロスやグロテスクさ、どす黒いものを直接は描かず、どう表現するか、スレスレを探っているというのが私の絵のテーマのひとつです。

 影響を受けた少女の原型は、幼少期に見たホラー映画にあります。ダリオ・アルジェント監督のホラー映画「サスペリア」ですね。ものすごく美しくて衝撃を受けました。

 それからエドガー・アラン・ポーの三つの小説をオムニバス形式の映画にした「世にも怪奇な物語」。その中のフェデリコ・フェリーニ監督の「悪魔の首飾り」で死に神の幻影として現れる少女が美しくて、繰り返し見ました。死と隣り合わせの美しく、永遠につかめない少女が、私の少女像の原型です。

 ――両作品ともヒグチさんの原画をもとにした映画のポスターの展示コーナーにあります。このほか、立体作品の展示もあります。

 生活に関わるものが好きなので、アンティークのトルソーを入手し、胴体に絵を描きました。古いものは時間を経過することで特別な意味合いが出てきますが、手を加えていくことで新たなものに変わっていくのは面白いことですね。私は自分の絵を一番好きになろうと思って描いているので、このトルソーと一緒に暮らしたいなという思いを込めて作りました。

 ――ヒグチさんにとって絵を描くということはどういうことですか?

 説明するのが難しいのですが、一言で言うと絵を描くということは、私の日常です。(山根由起子)

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〈ヒグチユウコ〉画家・絵本作家。絵本「せかいいちのねこ」シリーズ、「ギュスターヴくん」「ラブレター」「ふたりのねこ」「すきになったら」、画集「ヒグチユウコ画集 CIRCUS」「BABEL Higuchi Yuko Artworks」など、著書多数。グッチとのクリエーションも行う。

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「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」 4月10日[月]まで、東京・六本木の森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)。午前10時~午後6時(金・土曜は午後8時まで。また4月3~6日、10日はペア券限定で午後6~8時の夜間開館あり)。入館は閉館の30分前まで。会期中無休。詳細は公式サイト(https://higuchiyuko-circus.jp/)別ウインドウで開きます。問い合わせはメール(higuchiyuko-circus@tenrankai.siteメールする)。朝日新聞社など主催。一般、大学生・専門学校生2千円、中高生1600円、小学生600円。4月3~6日、10日の夜間のペア券は2枚1組3600円(1人での入場も可能ですが、ペア券の購入が必要です)。未就学児は無料。※事前予約制(日時指定券)を導入しています。枠に余裕がある場合、会場でも当日券を販売します。

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