第8回奈良美智さんの「All or Nothing」 世界へ向け創作

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構成・角拓哉
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 北海道小樽市を拠点に活動するミュージシャン、花男(はなお)さん(43)の生き方を紹介する連載「花男 ドッコイ歌い続ける」。美術家奈良美智(よしとも)さん(63)は、数年前から花男さんと交流を深めてきた。花男さんの歌や生き方に対する受け止めや、奈良さん自身が創作活動にかける思いを、書面で寄せた。

 ――花男さんとの出会いについて教えてください。

 「(花男さんがボーカルを務める)太陽族のデビュー当時から私の元にCDが送られてきたので、アルバムはほぼ聴いてはいて、好きな曲もいくつかあった。それでも日常的に聴く多くの音楽の一部で、自分に対し何かを与えてくれるものではなかった。あるとき、『あきらめた夢の向こう』という曲のデモが送られてきて、その歌とシンプルな演奏にとても心が動かされた。そのあとアルバム収録用にスタジオで録音されたものがあるが、自分にとってはあのデモの空気感の方が今でも好きだ。ミュージシャンというよりも、人としての花男を身近に感じさせてくれた」

 「太陽族が活動休止したことや、花男が小樽に住んでいることは何となく知った。5年ほど前、メールでしかやりとりのなかった花男に深夜、唐突に電話した。当時は北海道白老町で作品を制作していて、『いつかこっちに来て歌うといいよ!』みたいな内容だったと思う」

 「花男と初めて会ったのは2020年の秋。翌年のゴールデンウィークに札幌と小樽で開催する写真展の会場の下見をするため小樽へ行った時でした。彼が小さな漁港の食堂に連れて行ってくれて、あんかけ焼きそばを食べた。次に会ったのは年が明けて厳冬期の1月、写真展の展示プランを練るため小樽を訪れた時。自宅に呼んでくれて、晩ご飯をごちそうになった。ちょっと酔っ払って屋根裏部屋で話をした。その頃は『あきらめた夢の向こう』と『灯台列車』が自分の中で花男のベストソングになっていた。彼が担当するラジオ番組に呼ばれたこともあって、だんだんと普通にスマートフォンでメッセージを送り合う仲になっていった」

 ――花男さんがバンドの活動を休止した後、親交が深まったのですね。

 「ひとつだけ確実に言えるのは、太陽族という複数のメンバーからなる『バンド』が存在し続けていたら、自分は今のように彼と仲良くなっていないと思っている。自分は人間は最終的にひとりであると思って生きている。彼はバンドが休止して北海道に戻ったことをコンプレックスのように言っていたことがあるが、逆説的に言えば、独り立ちさせてくれたことにつながっている。何かに負けたと思ってボロボロになりうなだれる、飾りの無い姿を自分は美しいと思う。そして、そこから立ち上がる姿はもっと美しい」

 ――花男さんがコロナ下で始めた配信ライブ「銀河ツアー」も視聴したことがあるそうですね。

 「自分はわりと冷静に見ているところがあって、魂を込めすぎているなとか、力が入りすぎているなとか、MCを多くするよりも歌の言葉だけで深さを伝えることに集中した方がいいんじゃないかな、とか思って見ていた気がします。ミュージシャンが舞台に立つうえでオーディエンスとの交流はとても大切な要素ではあるけれど、そこらへんは場数や人間としての成長で変わっていくと思っています」

 ――花男さんは、奈良さんが「僕も戦っているんだよ」と話していたことが心に残っているそうです。奈良さんはどのように作品に向き合っているのですか。

 「簡単に言うと、自分は『A…

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