スポーツ界の暴力・ハラスメントが絶えない。根絶に向けてどのように啓発を進めていくのか。日本サッカー協会の今井純子リスペクト・フェアプレー委員長が、競技団体としての取り組みを語ってくれた。
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サッカーに限らず、スポーツ界の暴力・暴言・ハラスメントの現状は、誇れる状況ではありません。
大阪市の高校の部活動で顧問から受けた暴力などを理由に自死したことが明らかになった2013年から、日本サッカー協会では指導者への啓発を進めるとともに、暴力等根絶相談窓口を設けました。
通報数は13年の70件から、昨年は282件と年々増加傾向にあります。これは、反暴力への意識の高まりや、窓口の存在が知られ、「言ってもいいんだ」という認識が高まっていることの表れで、いい方向に進んでいる面はあると思います。ただ、基本的には、実際に起こっていることの氷山の一角だと見ています。
だからこそ、変化を起こさなければなりません。そこで、啓発・予防を進めるための「毛細血管」をつくる方向に進めようとしています。
最初にサッカーの安心・安全を守る担当者を、47都道府県協会と各連盟やリーグの全国組織に一人ずつ置いたのが、15年です。イングランドなど海外の事例を参考にしたもので、「ウェルフェアオフィサー」と名付けています。
また、試合の場で暴力・暴言を注意していく担当者も、日本協会から各カテゴリーの全国大会に配置しました。あってはいけない言動がないか、子どもたちが伸び伸びとできているか、という観点から、現場の監督やコーチたちとコミュニケーションをとる役割です。今は都道府県レベルの大会でも配置されています。
また、Jリーグのアカデミーでも20年から、名称は違いますが、全クラブに安心・安全を守る担当者がいます。
そして、今後、こうしたウェルフェアオフィサーを小学生から大人のチームに至るまで、あらゆる地域クラブ、町クラブでも置いてもらう仕組みづくりを進めます。
講習会などで資格をとった人になってもらう仕組みにすると、何らかの理由で講習を受けられない、ということが起こるので、まず先に全クラブに担当者を置いてもらいます。シーズンごとに、各チームが代表者や監督を届け出るのと同様に登録する形を考えています。
各クラブの担当者には、eラーニング(動画視聴)形式の学びを日本協会から提供していきます。
具体的な役割としては、まず、各クラブの方針や行動規範を明文化してもらうこと。そして、より安全に、安心して活動できるクラブ環境を整えるためのセルフチェックをして、足りない部分を改善してもらうことが基本です。
そうしたセルフチェックのため、12歳以下のクラブに向けて、安全・安心を守るために必要な50項目のチェックリストをつくっています。
例えば、「指導者・スタッフが全員、またクラブとして、暴力根絶宣言をしている」「クラブ役員・スタッフ、指導者に対して、暴力根絶・リスペクトの研修を行っている」「遠征などの移動について、事故などを想定した緊急時のマニュアルを作成している」などです。
資金が豊富な大きな規模のクラブでないとできない、というものではなく、町クラブでも気持ちさえあればできる内容になっています。
大事なのは、このウェルフェアオフィサーは取り締まる役ではないということです。安心・安全を守るリーダーとして、各クラブで気づきを伝え合うような場をつくってほしいのです。
日本協会の窓口にあがってくる通報や相談は、その時点で事態が深刻になっている場合があります。第三者がヒアリングをしても真実がよくわからず、そうなると、関係する人々がハッピーになるような結論を出すことが難しくなります。
だから、そうなる前に気づきを伝え合い、防げることがたくさんあると感じています。サッカーの現場に、「ちょっと気になる」「行き過ぎないようにしよう」とお互いが言える文化をつくりたいと思います。
安心・安全を守ることは、チームに関わるみんなの役割、と考えていただきたいのです。いくら協会がポリシーをうたっても、伝えたいことが伝わるようにしていかないと、状況は変わりません。この「毛細血管」を介して、保護者を含めたみんなに伝えることが必要です。各クラブで意識が浸透するよう、ウェルフェアオフィサーに就いた担当者に、リードしていただくことを期待しています。(聞き手 編集委員・中小路徹)
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