「蒸気機関やトランジスタ以上」 量子コンピューター実用化すれば

聞き手・水戸部六美
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 理化学研究所が初の国産量子コンピューターを完成させた。量子コンピューターが切り開く未来について、超伝導量子エレクトロニクスが専門の仙場浩一・東京大特任教授に聞いた。

 量子コンピューターが実用化されたら、蒸気機関やトランジスタの発明以上の「社会変革」がもたらされると私は思います。

 量子コンピューターとは、原子や電子といった「量子」と呼ばれるミクロなものの物理法則を使ったまったく新しい計算機です。

 量子は、日常の直感と異なる不思議な性質をもっています。観測するまでは全く異なる複数の状態の重ね合わせが可能とか、二つの量子がどんなに離れていても状態を測定すると瞬時に相関が現れるなどです。

 これらは人類がこれまで扱ったことがない「リソース」です。こうした性質を巧みに利用するのが、量子コンピューターや量子通信といった量子技術です。

 量子コンピューターが実用化されれば、スーパーコンピューター「富岳」をもってしても難しい、物質内の電子状態のシミュレーションが容易になります。「素材」や「薬」の開発は、確実に加速するでしょう。

 太陽電池やバッテリー、人工光合成材料など、量子コンピューターによるシミュレーションでみつかった新材料が、気候変動問題の解決や、他の惑星の環境を人類が住めるように変える惑星エンジニアリングなどに貢献する可能性もあります。

 1940年代にトランジスタが発明されて、私たちは真空管ではなく半導体素子で電気回路の信号を増幅できるようになりました。その結果、トランジスタの集積率は指数関数的に伸び、いまや中学生がもつスマートフォンは、当時、世界初のスパコンといわれた真空管式の計算機「ENIAC(エニアック)」の性能を軽く超えています。

 トランジスタ誕生から約70~80年で、高性能のスマホを多くの人がもち、インターネットでつながる社会が実現したように、今後数十年かけて量子技術が発達すると、それ以上のことが起こる可能性があります。

 個人的には「量子特有の性質」を自由に操れるようになることは、人類が「火」や「言語」を使いこなせるようになったことに匹敵する、大きな変化になるのではないかと予感しています。

 外資系コンサル「ボストン・コンサルティング・グループ」は、15~30年以内に量子コンピューターが最大8500億ドル、日本円で約110兆円の価値を生むと予測しています。量子センサーや量子通信など関連分野も含めると量子技術産業は、自動車産業に匹敵する広がりを持つようになるでしょう。

 自動車が多くの部品から成るように、超伝導量子コンピューターも心臓部である量子ビットチップだけで動くわけではありません。チップを極低温にするための冷凍機やマイクロ波の信号を伝えるケーブル、増幅器などさまざまな部品が必要です。

 量子コンピューターが実用化され世界中で使われるようになったとき、部品産業の市場も相当大きなものになるでしょう。高性能部品を製造できる企業が国内で育つことは経済発展にもつながります。

 では、どう育てるのか。IBMはクラウドを通じて世界中の誰もが量子コンピューターを使えるサービスを確かに提供しています。しかし、観客席から眺めるだけでは実際の演劇作品がつくれないのと同じように、プログラムを書いてクラウド上から計算を実行した経験があるだけでは、実際に必要な部品をつくるのは難しいでしょう。きちんと量子コンピューターの中身を理解し、必要な部品のサイズはこのくらい、ノイズ特性や消費電力はこれくらいといったスペックを熟知している必要があります。

 理研という公的機関による国産機ができると、国内企業はもっと密に情報共有できるようになり、部品の開発も一気に進むと思います。(聞き手・水戸部六美)

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