「昔の自分に受賞伝えたい」 スポーツ×パラアートの祭典がともす光

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 スポーツをテーマにした障害者のアート作品が集まる「パラリンアートカップ」(日本寄付財団協賛、朝日新聞社メディアパートナー)が今年度、7回目を迎え、各賞の受賞者が決まった。サッカー、バスケットボール、ラグビー、野球の現役プロ選手が選考に関わった。

 受賞者の声から、コンテストが照らす「灯(ともしび)」をたどった。

 【グランプリ サトウモトコ(筆名・桃太郎)さん】

 東京都内で3月16日にあった表彰式で、淡々と話した。「障害者手帳を手にして、いろいろなことをあきらめかけていた昔の自分に受賞を伝えたい」

 受賞作は、新体操を描いた「全身全霊」。さまざまな題材を選び、多彩な画法で表現を続けてきたが、スポーツを描くのは初めてだった。

 パニック障害などとのつきあいは30年になる。地元・札幌で治療しながら打ち込めるものを探し、投薬をやめるとともに本格的に創作を始めたのは5年前。アイデアを自分で絞り出して作品に取り組む。病と向き合う苦しさが創作の苦しさに置き換わり、症状が好転したという。

 自分のスタイルや得意な画法を見つけるたび、そこからあえて離れることを意識している。今回は、闘志がぶつかり合う競技より、しなやかで美しく戦う姿を描きたいと新体操を選んだ。バランスを考え、背景にフェニックス(不死鳥)をあしらった。躍動感が評価されての受賞になった。

 平面画にこだわらず、刺繡(ししゅう)などの立体作品にも取り組んでいる。「まだ修業中で、あらゆる表現が楽しい。これからも枠にはまらず、自分らしい絵を描いていきたい」

 【日本寄付財団賞 今脇健太さん(42)】

 作品の募集期間にワールドカップカタール大会が開かれたサッカーなどメジャースポーツが多く題材に選ばれる中、サーフィンの絵は異色だ。「波を乗りこなす」姿を描きたい思いに迷いはなかった。一瞬でも気を抜くとのみ込まれる波に立ち向かう選手に、自分の姿を重ねて描いた。

 山形県出身。大学を出て戻った郷里で転職を繰り返した。その間に発達障害の診断を受けてから18年になる。絵画に取り組み始めたのは4年前と日は短い。今脇さんにとって絵を描く行為は、デジタルで情報を処理するような感覚だという。考えるよりも先に手が動く。

 とはいえ、作品には作者の内面がにじむもの。サーファーを柔らかく守るような輪には自分を支えてくれる人たちを、背景の朝焼けには働き口が見つからないどん底の頃、目にして勇気づけられた太陽を重ねた。

 「受賞は素直にうれしいですが、賞の重みも感じる。作家としては遅咲きですが、直感を大事に自分と周りを信じて創作を続けていきたい」

 【準グランプリ 阿部貴志さん(28)】

 激しい幻聴に悩まされるようになったのは、中学時代だった。眠れない苦しさに「おぞましい男性の声」が重なったという。剣道部に所属していたが不登校になり、仲の良かった友人たちも離れていく。孤独だった。不登校のまま卒業して進んだ高校生活もうまくいかない中、ある教師の導きでゴッホの画集を目にした。

 発症時はてんかんを疑われたが、19歳のときに統合失調症と診断された。20歳を過ぎると自殺願望にさいなまれ、入退院を繰り返した。閉鎖病棟にも入った。そんな日々で一筋の光であり続けたのが、ゴッホの絵を見たときの衝撃だった。

 幻聴に苦しみながら、独学で油絵を学んだ。2017年、地元・宮城県の美術展で賞をもらった。その3年後に薬を変えると幻聴が消えた。毎日の行動記録による治療も功を奏し、介護施設で働けるようにもなった。

 今回の受賞作「先制ダンク!試合スタート」は、単行本を読みふけった人気漫画「スラムダンク」をヒントにアクリル画材で描いた。写実ではなく、想像上の迫力を重んじた。力がみなぎる作品になった。

 普段の題材は多岐にわたる。風景、人物、植物、自画像。インプットした記憶から自然にわき上がる想像の産物だという。「テーマもコンセプトもない。すべての原点は、最初にゴッホを見たときの感動。病名を公表して創作を続けるのは、同じ病気を持つ方に少しでも元気を届けたいから」

 今回の受賞は、支えてくれたケースワーカーなど周囲の人や家族に届けたいと話す。

 【準グランプリ sioさん(41)】

 デジタルとアナログの「二刀流」で創作を続ける。「大谷翔平選手は偉大ですごいと思いますが、親近感もわいてきます」。ブラインドサッカーをパソコンで描いた「虹音キックオフ」で受賞した。

 選考会では「虹色」ならぬ「虹音」というタイトルも注目された。「過敏な感覚」で、音が色にたびたび置き換わるという。ブラインドサッカーの選手たちが頼るボールの音は、虹のような色だろうと直感し、選手たちの希望の色として描いた。

 三重県で生まれ育ち、専門学校を出た大阪府であらゆる職種に就いたが、長続きしない。30代前半で発達障害の診断を受けた。その後は実家に引きこもったが、大好きな水族館にいた生物などから描き始め、アートの世界に入った。NTT主催のコンテストで受賞したことをきっかけに、NTTクラルティに「アート社員」として採用された。同社が扱う関連商品などのために依頼された絵を描く。今回取り上げたブラインドサッカーは、同社の広報誌で存在を知った。

 「言葉では伝えられないものを伝えるのが、私にとっての絵。いままで正攻法で描いてきていないけど、絵を仕事にできる幸せを感じながら、学んでいきたい」

 朝から夕方まで仕事で絵を描き、その後は自らの創作にふける毎日を、笑顔で送っている。

 イベントの公式サイトはhttps://www.asahi.com/sports/events/pacup/

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