元気力 優しい師匠の作った「顔」

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万年筆職人 山本竜さん

 「あなたとは気が合うから」。この言葉にどれだけ私は救われてきたことだろうか。やりだしたらそのことしか考えられず、夢中になって止まらない。心から自分が納得できるものが完成するまで。「あなたと私は一緒だね」と、元鳥取大教授で金工家の矢部雅一先生(83)。

 私が見よう見まねで万年筆作りを始めたころ、作業を心配そうに見つめては、「ああしたほうがいいんじゃないかな、こうしたほうがいいんじゃないかな」と言ってくれたり、武骨な出来のものを見ては遠回しな言葉で、それが正解ではないことを教えてくれたり。

 時には長時間にわたり造形美学を語ってくださった。商売のことや私の体調のことまでいつも気にかけてくださる。私にはたくさんの師匠がいると勝手に思っているが、こんなに優しい師匠はほかにはいない。

 万年筆の顔といえば、14金無垢(むく)のペン先。酸化に耐え、適度な弾力性があり、先端に溶接したイリジウムの耐摩耗性が手伝い、「万年筆は一生もの」といわれる理由にもなっている。

 しかし、キャップを閉じたとき、顔になるのはクリップだ。ペン先から軸材までこだわりぬいたものを作りながら、クリップなどの金具は量産品と同じくめっきで、デザインも、特にこだわりのないものを装着する時代があった。

 それが「もっと個性のあるものを」とか「せっかくならめっきでなく金無垢で、より一生ものに」などとの要望が増えた。そんな時、先代である父が相談を持ち掛けたのが、矢部先生だった。

 14金の地金を使い、打ち出し、絞り込み、ロウ付けや溶接と卓越した鍛金技法で、クリップの機能と抜群の美しさを兼ねそろえた万年筆の顔を完成させることができた。その後も、私が作る軸のフォルムに合わせ、クリップのフォルムを変えてくれた。曲線的なもの、シャープなもの、くびれの美しいものといった具合に進化が止まらない。

 矢部先生の工房にお邪魔した時、息を殺して制作風景を拝見させていただいた。驚いたのは、金具とはまた違う抽象表現作品の数々が屋根裏に潜んでいることだった。その造形は、まるで金属が液体になったかのように見えたりと巧みな技法で表現され、強いメッセージを感じる数々の作品だった。

 そして今、矢部先生の「金工芸回顧展」が4月2日まで、ギャラリー330(鳥取市丸山町)で開催されている。四十数点の大作が一度に見られるのは最初で最後かもしれない。

やまもと・りょう

1974年生まれ。2008年から鳥取市にある有限会社万年筆博士の代表取締役。顧客の書き癖に合わせたカスタムメイド万年筆を製作している。納品まで約1年かかるが、世界中から愛好家の注文が集まる。

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