「ロストケア」 映画評論家・北小路隆志 両義性に揺さぶられ
北小路隆志・映画評論家
評・映画
訪問介護センターの職員による介護の模様が冒頭近くで描かれる。年齢のわりに白髪が目立つ斯波(しば、松山ケンイチ)が快活な若い女性と冷静な中年女性を束ね、バランスの取れた介護士らの仕事を眺めながら奇妙な感覚に襲われた。どこか芝居じみて見えるのだ。真剣さを欠くわけではなく、あまりにも適切で模範的な振る舞いが儀礼的に映る。儀礼的といえば、その後の葬儀の場面でも、斯波は申し分のない労(ねぎら)いの言葉を遺族にかけ、相手も感極まって涙を流す。そのやり取りも模範的で芝居がかっている。
これは演出や演技の側で狙った効果なのか。それとも僕がひねくれた性格だからなのか。正解は不明だが、演出や演技による「芝居がかった」であると明らかであれば、この映画の魅力は削(そ)がれてしまうだろう。介護はあくまでも真剣に行われ、家族は責務を全うしようと努める。しかし、それが芝居のようでもあること……。そんな両義性が本作の主題に重なるのだ。
ある事件を契機に物語は急展…