第1回雪の中、DVの夫から逃げた 自殺未遂…「猛獣使い」が希望をくれた

有料記事

中塚久美子
[PR]

A-stories 追い詰められる女性たち

 気温零下2度。雪景色のなか、わずかな車のわだちが見えた。ところどころ商店もあったが、正月休みで人けはなかった。

 のんちゃん(29)は、元日から機嫌が悪かった夫に車で連れ回されていた。

 「降りろ」

 数十分経ったとき、そう指示された。言われるがままに、車のドアを開けて降りた。

 夫は車を発車させ、去っていった。

 所持品はスマホと財布。腕から伝わる生後半年の息子のぬくもりだけが、頼りだった。

 東日本のある田舎町に移住して1年。出産と第2子の妊娠で外出は限られていて、土地勘がなかった。降ろされた場所の見当がつかなかった。

 歩いて数分のところにJRの駅を見つけた。

 「助けてください」

 駅前で110番した。

 保護されて、近くの警察署へ。ポットでミルクを温めて息子に与えた。警察官に言われた。

 「逃げた方がいいよ」

     ◇

 「のんびり屋だから、のんちゃん」。旧友からこう呼ばれていた。母子家庭で育ち、18歳の時に母をがんで亡くし、大学の学費と生活費は、バイトと奨学金で工面した。

 東京の大学を卒業後、働いていた会社の同僚だった今の夫と出会った。交際しているときに妊娠が分かった。「実家は農家。帰って来いと言われている」と急にそう言われた。のんちゃんは「話が違う」と思ったが、自分には実家がなく、心は揺れた。

 実母と夫の故郷が近かったことが、運命のようにも感じた。米作農業が中心で多世代で暮らす大きな住宅ばかりの場所にある。夫の実家も4世代の家族。25歳で一員になったが、のんちゃんは孤立した。

 まず、夫の暴言と暴力が始まった。

 車で5分もかからないスーパーでさえ、行き先を告げないと説教が始まった。妊娠中にグーでおなかを殴られた。授乳中に、ゴミを投げつけられた。

 「暴力はお前のせい」

 いらつかせるのんちゃんが悪いとされた。

 産院は義母が決めた。「私もここで産んだから」。それが理由だった。

産後1カ月でセックスの強要 「嫁の分際」で…

 出産後1カ月で性交渉を求められた。

 痛くて断るとケンカになる…

この記事は有料記事です。残り5665文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
今すぐ登録(1カ月間無料)ログインする

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

  • commentatorHeader
    中塚久美子
    (朝日新聞専門記者=子ども、貧困)
    2023年4月4日14時29分 投稿
    【視点】

    筆者です。  のんちゃんが雪の中、置き去りにされたのは正月明けでした。私はどうしても現場へ行きたくて、年は違えど同日同時刻、その場所に赴きました。  しーんとしたまち。雪。時々、車。寂しくて、心細くて。のんちゃんは、よくここから1人で(