第5回放送人よ、このままではいけない 是枝裕和監督「知る権利奪われた」

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 3月に総務省の行政文書が公表されて以来、放送と政治について国会やメディアで様々な議論がありました。しかし、放送倫理・番組向上機構BPO)で放送倫理検証委員会の委員も務めた映画監督の是枝裕和さん(60)は「本質的な議論」にならなかったと受け止めています。そして一連の問題への放送局の姿勢にも疑問を投げかけます。

 放送局の番組編集について放送法が定める「政治的公平」。その解釈に追加を求め、安倍政権当時の礒崎陽輔首相補佐官が総務省とやりとりしていた経緯を記したとされる行政文書の存在が明らかになった。文書から見えてくる解釈追加の経緯や狙い、そして政治と放送の関係について、どんな問題があるのか。各界の識者に聞いた。

 ――安倍晋三政権下の2014~15年の行政文書が公表され、首相補佐官が総務省に放送法の政治的公平性について解釈の追加を働きかけていた経緯が明らかになった一方、当時の総務相として文書にも名前が出てくる高市早苗氏は内容を捏造(ねつぞう)と主張しました。一連の問題をどのように見ていましたか

 高市さんが辞めるか辞めないか。捏造という言葉が適切かどうか。そこに終始してしまった。もちろん行政文書の議論も大事ですが、放送と政治について本質的な議論に向かわなかったことが一番の問題だと思います。

 ――今回の文書で焦点となったのは、放送番組の編集について定めた放送法4条のうち「政治的に公平であること」をどう解釈するかということでした。是枝さんが求める本質的な議論とは

 政治の放送への介入は憲法違反なのではないか。そもそも放送法は憲法に抵触しないのか。憲法違反にならない形で放送法をどのように運用するべきなのか。歴史をさかのぼって検証した上で、そういった議論をもっとするべきでしょう。

 放送法の1条には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」とあります。政治家の多くはこれを放送局に不偏不党を義務づけるものと考えていますが、違います。なぜなら憲法で表現の自由は保障されているから。憲法違反にならないためには、放送の不偏不党や自律が守られるように政府が放送局に保障する、と解釈しなければいけないはずです。

 また3条には、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又(また)は規律されることがない」と書かれている。今回問題となった政治的公平性など番組編集のルールを示す4条を、行政が放送局を規制するための法規範と考えれば、この3条、そして1条や憲法にも違反する。だからこそ、4条は放送局が自主自律的に守る倫理規範と考えなければいけない。4条だけを読んでいるとこの法律の立法趣旨を誤読します。

 こういう議論をもっとしなければいけなかったと思います。

放送法の名宛て人は放送局でなく政府

 ――高市氏は総務相当時、4条違反を理由とした電波停止の可能性に言及しました。4条を法規範とする考え方です

 それがこの30年の自民党のスタンスですから。しかし、ある番組が政治的公平かどうかを総務大臣が判断するなどということを認めてしまったら、前述したとおり憲法違反でしょう。高市さんは、その矛盾に対してどう整合性を取っているのか。そのことをこそきちんと追及すべきでした。

 でもこれは高市さんだけの話ではない。放送に対する政治的支配を推し進めていたのは自民党であり、安倍政権だったのですが、民主党政権の時だって、国会で法規範と言っていますから。行政文書を公表した立憲民主党の小西(洋之参院議員)さんも、自身の発言を放送したフジテレビに対して「放送法違反でBPO等に告発することが出来ます」と発信していましたが、あぜんとしました。結局ご本人が問題の本質を理解されていないのではないかと思います。

 いつの時代も権力というのは放送をコントロールしたがる。何度も言いますが、だからこそ放送法は、放送の不偏不党を保障しているんです。この法律の名宛て人は放送局ではなく、政府です。介入しないから真実を追究しろという趣旨なんです。

 ただ、一番批判されるべきは放送局です。

 ――なぜですか

 放送局自身が放送法を「放送…

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    長野智子
    (キャスター・ジャーナリスト)
    2023年5月15日11時59分 投稿
    【視点】

    「今回の問題でも(放送局が)政府の放送への介入を許さないと訴え、憲法違反にならない放送法の運用というものを考え、政府に突きつけるべきでしょう。それなのに自らの事としては語らないのはなぜか」という是枝さんの指摘はまさにそのとおりだと思います。

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    後藤洋平
    (朝日新聞編集委員=文化、ファッション)
    2023年5月15日16時44分 投稿
    【視点】

    テレビドキュメンタリー番組を制作していた実績と、BPO放送倫理検証委員会の委員の経験のある是枝監督の言葉は非常に重いです。放送局にとって本来、放送法は「盾」であることを、放送局で働く人たち自身が自覚していない、放送法の細部も放送法の精神も理

    …続きを読む
放送法めぐる総務省文書問題

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