「邪魔が入って手を止める」ときのコツ 「嫌な作業」を終えてから

中島美鈴
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 何かの作業をしているときにふと声をかけられ、作業が中断されてしまう。今回はそんな「邪魔」が入った時、ADHDの特性がある人が陥りやすい失敗と対処法を考えます。

 リョウさん(仮名)は、ADHDの診断を受けた40代の子育て中の女性です。夕方帰宅すると、日中の仕事の疲れがどっとでて、ソファに倒れ込んでしまうのが日常でした。

 最近は、帰宅後まずお風呂に入る習慣をつけたことで、「お風呂で一回疲れがリセットされて、多少動けるようになった」と感じています。

 しかし、リョウさんには次なる悩みがありました。台所で夕食を作っていると、必ず娘がこういうのです。

 娘「ねえねえ、宿題のプリントの問題に、学校でまだ習ってないのが出てるー」

 娘「明日さー、絵の具いるんだけど、どこだっけ?」

 娘「明日までに出す親に書いてもらう書類があったんだ。書いてー」

 などなど。リョウさんはその度に、野菜を刻むのを中断して娘のところへ行ったり、鍋で煮込みながら書類を書いたりと、料理を中断させられます。

 リョウさんは人一倍、この「中断」が苦手です。

 「自分の計画を邪魔された」というイライラだけなら、誰しもあるでしょう。しかしそれだけでなく、ADHDのリョウさんは、いったん中断した後に元の仕事に戻るのが非常に苦手なのです。

中断のつもりが、やる気を失い…

 ある時、リョウさんは夕食にカレーを作っていました。玉ねぎを切っている最中に、また娘の声がしました。

 娘「ママー、消しゴムがないー」

 リョウさんはいったん中断して、娘の元へいき、一緒に消しゴムを探しました。いつもあるはずの場所になくて、テーブルの下を一緒にのぞき込んだり、ランドセルの中を探したりしました。そうしていると、筆箱の中の鉛筆がどれも短くて、先もとがっていないことに気づいて、リョウさんは新しい鉛筆を出してあげて、鉛筆削りで研ぎました。

 15分間はたったでしょうか。消しゴムもなんとか出てきて、また台所に戻ってカレーを作らなければ夕食の時間が遅れます。でもリョウさんは、一気にやる気をなくしていました。

 リョウ「はあ……、もういっか。今日は冷凍パスタにしようか」

 台所には、切りかけた玉ねぎがまな板の上に転がっています。

 リョウ「カレーはまた明日でいいや」

 そういいながら、切りかけた玉ねぎを冷蔵庫に入れました。しかしリョウさんはなぜかその後、カレーを作る気になれませんでした。結局その玉ねぎは冷蔵庫の奥深くで悪くなっていきました。

 いかがでしたか? みなさんにはリョウさんのようなことがありますか?

 反対にいろいろツッコミがでてきたかもしれません。

 「リョウさん、消しゴムぐらいで料理を中断していては何も進まないわよ」

 「玉ねぎを切る途中で中断するのではなく、せめてすべての材料を全部切り終えて煮込みながら娘さんのところにいってあげたらよかったじゃない」

 「中断が長すぎると、やる気がなくなるわよね」

 どうでしょう?

 これらのアドバイスを経験則からおっしゃる方はたくさんいると思います。実はこれ、ADHDの方の支援ではどれも理論に基づいたよくある困りごとの背景と対策なのです。

 ひとつずつ解説します。

「消しゴム」くらいで中断しない

 前回のコラムでご紹介したとおり、何かにやる気を出す時に必要なエネルギーを「活性化エネルギー」といいます。「よいしょ」と重い腰を上げる時の、あの力のことですね。

 リョウさんは、夕方帰宅して、風呂を済ませて、そこから「よいしょ」と夕食作りに取り掛かるときに、一度活性化エネルギーを使っています。

(1) 物事をやり始める最初が一番エネルギーを要する。

(2) 活性化エネルギーを出す回数は少ない方がいい。

 という特徴がありますから、理想的には、何にも邪魔されずに、一気にカレーを作り終えると、活性化エネルギーは1度出すだけで済むわけです。

 しかし、娘さんに邪魔されると、たびたび中断され、その数だけ活性化エネルギーを出す羽目になります。その点から、「リョウさん、消しゴムぐらいで料理を中断していては何も進まないわよ」というのは真実なのです。

 中断せずに済むのならそれがベスト。「カレーができたら行くからちょっと待ってて」と言ってもいいですし、口頭だけで「机の下に消しゴムありそうかみてごらん」など指示を出してもいいかもしれませんね。

「嫌な作業の途中」で中断しない

 また、中断してからリョウさんが元の玉ねぎを切る作業に戻れず、玉ねぎを無駄にしてしまった点についてはどうでしょう?

 ここにもADHDの方の特徴が現れています。

 リョウさんにとって実は、玉ねぎを切る作業は涙が出て、苦手な作業でした。苦手な作業だったからこそ、娘さんからの呼びかけで作業を中断できることは実はちょっとうれしかったのかもしれません。そういうわけで、また元の作業に戻るのはおっくうだったのです。

 ADHDの方の支援者向けのマニュアルにはよく「嫌な作業のところで中断せず、そこをやり終えてから中断すること」と書かれています。

 難易度が高い作業や、目新しさがない退屈な作業もそうです。ADHDの方にとってマンネリほど嫌な作業はないのです。玉ねぎを切る作業は涙目になるだけでなく、途中までやりかけた鮮度の低い作業になるわけです。どこかキリのいいところまでやり遂げるべきでした。

 そんなわけで、「玉ねぎを切る途中で中断するのではなく、せめてすべての材料を全部切り終えて煮込みながら娘さんのところにいってあげたらよかったじゃない」というアドバイスも非常に正しいのです。

 ただ、これを実行するためには、リョウさんが今やっている作業の全体像を把握できていて(つまりカレーが全部で切る、炒める、煮る工程からなっていることを知っている)、今どこの工程をやっているときで(玉ねぎを切っているのだから、全体でいうとわりと序盤の方なんだと意識できている)、あと残りは何をしなければならないかわかっている(あとは他の野菜を切って炒めて、煮込むんだ。午後7時にご飯にするには急がねば!と認識ができている)ことが必要です。

 作業に取り掛かる前に、全体像を思い描くことを癖づけるといいですね。また、作業内容はできるだけ細かい単位で区切っておくと、中断されても負担に感じにくく、元の作業に戻りやすくなります。長すぎて途中で見るのをやめたYouTube動画もチャプターが細かく分かれていれば、再開しやすくなるのがまさに好例です。

中断するなら「短時間」に

 最後に「中断が長すぎると、やる気がなくなるわよね」はどうでしょう。

 リョウさんは娘さんの消しゴムを一緒に探してあげるために、カレー作りを中断したわけです。しかし、脱線して、鉛筆を新しいのに替えてあげていましたね。こんなふうにカレー作りよりも目新しい作業に脱線すると、より退屈な夕食作りには2度と戻りたくなくなるのもわかります。

 中断するにしても、短時間で、絶対脱線せずに戻るのが原則です。元に戻る作業が何だったか忘れてしまう方には、口でボツボツと「たまねぎ、たまねぎ」と唱えながら消しゴムを探すといいでしょう。

 誰かと一緒に暮らしていたり、働いていたりすると邪魔はつきもの。しかしそのかかわりが、ありがたい一面もあります。上手に共存できるといいですね。

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中島美鈴
中島美鈴(なかしま・みすず)臨床心理士
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。他に、福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザーを務める。