大江健三郎の死生観とは 作品内のイメージたよりに全体像迫る評論
山崎聡
3月に88歳で死去したノーベル賞作家の大江健三郎さんは、小説を書くことは「自分の死生観を作り変えながら生きて行く」過程だと語っていた。では、その死生観とはいかなるものだったのか。その問いに正面から向き合う評論「犠牲の森で――大江健三郎の死生観」(東京大学出版会)が刊行された。著者は東京大助教の菊間晴子さん。作品内のイメージをたよりに、作家の全体像に迫る。
大江さんの小説には、デビュー作となった短編「奇妙な仕事」(1957年)で殺される犬を始め、犠牲となって死んでいく獣たちのイメージがひしめいている。長編「同時代ゲーム」(79年)に描かれた巨人の「壊す人」は、村の人々によって解体された後で「犬ほどの大きさのもの」として再生。短編「空の怪物アグイー」(64年)では、上空をただよう赤ん坊の幻影が「カンガルーほどの大きさ」と表現される。
本書はこれらを「犠牲獣の亡霊」と名付け、その亡霊といかに向き合っていくかが大江作品における一つの軸になっていたと指摘。その上で、忘れがたい記憶として取り憑(つ)く亡霊から逃れようとする想像力が、神秘主義的なネオ・プラトニズムの思想に影響を受けた「超越的存在との一体化」という、もう一つの軸を生み出したとみる。
「血なまぐさい皮膚感覚をと…