大切な海に原発処理水…この地しかない漁師たちの反対と「あがき」

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聞き手・西堀岳路
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 増え続ける保管タンクが廃炉の妨げになっているなどとして、政府は東京電力福島第一原発事故の処理水を、夏にも海洋放出し始める方針だ。一方、国や東電は「関係者の理解なしには処分しない」と約束しており、漁業者は「放出反対」を訴える。福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長に、反対を掲げる思いなどを聞いた。

 ――国は、原発に流れ込んだ水から大半の放射性物質を多核種除去設備(ALPS)で取り除き、除去できないトリチウムも規制基準値の40分の1未満に薄めて、海に放出する計画です。反対している理由を、改めて教えて下さい。

 「大切な海を汚されることに、変わりはないからです。数値を示されて『安全です』と言われても、それで消費者が『安心』するとは限らない。風評被害も心配です」

 「たとえば原発事故後は、検査で安全性を証明したカツオを築地へ出荷したのに、競りにかけてすらもらえないこともありました」

 ――漁業復興への影響が心配なのですね。

 「特に沿岸漁業は原発事故後、約9年間も試験操業をしながら、福島の魚の安全性を確認してきました。そして、ようやく2021年4月から、本格操業の再開に向けた移行期に入り、今は水揚げ量を増やそうとしているタイミングでもあります」

 「22年の水揚げ量は約5525トンと上向いてきてはいますが、まだ震災前の2割ほど。事故後の10年で、流通システムが福島産抜きで構築され、確立してしまった。私たちは新規参入と同じ状況で、販路を広げるべく奮闘中なのです。県漁連では7年前から年3~4回、東京・築地で消費者へのアンケートをしていて、最近せっかく福島の魚への印象が良くなってきたところなのに」

 「また漁業は裾野の広い産業で、加工業や運送業のほか、箱、氷、燃料、漁具、冷凍など様々な関連業者がいないと成り立たない。しかし原発事故後、約10年も本格的な出荷ができなかったため、廃業してしまったところもあります。少しずつ戻ってきてもらう努力もしているのに、処理水の放出は新たな不安を彼らに呼び起こして、事業再開をためらわせる恐れもある。福島漁業の復興が、なかなか進まない要因にもなりかねません」

 ――反対の理由に、国や東電への不信感もあるのですか。

 「14年に、国と東電からの要請で、原発の建屋に流れ込む前にくみ上げた地下水の放出を容認しました。すると15年に今度は、より建屋に近い井戸でくみ上げた放射性物質を含む地下水を、浄化処理して海へ流す計画への同意を求められたのです。いずれも、『海に直接流れ込む汚染水を減らせる』との説明で、苦渋の選択でした」

 「その時、容認の条件として、建屋に入って燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)に触れた地下水は絶対に流さないでほしいと求め、国と東電、県漁連の3者で『関係者の理解なしには処分しない』という約束を交わしたんです」

 「しかし東電は、すでに処理水を放出するための陸上施設や海底地下トンネル、海底の放出口の設置工事を先行して進め、6月にも整備を終えるとしています。約束を破り、海洋放出を強行するのではないかと心配しています」

もし放出が強行されたら…

 ――漁業者側が「理解」することは、あるのでしょうか。

 「『理解』が放出容認を指す…

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