自己責任という言葉なくなればいい 脚本家・梶原阿貴さんが思う理由

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聞き手 編集委員・塩倉裕
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 自己責任という言葉はなくなればいい――。脚本家で俳優の梶原阿貴さんはそう言います。キネマ旬報ベスト・テン脚本賞を今年受賞した映画「夜明けまでバス停で」では、路上生活をしていた女性がバス停で殴られて亡くなった事件をモチーフにしました。なぜ、「自己責任」の言葉がなくなるべきなのでしょう。話を聞きました。

 映画「櫻(さくら)の園」で俳優デビュー。脚本家として、映画「夜明けまでバス停で」でキネマ旬報ベスト・テン脚本賞。

弱い立場の人、切り捨てていないか

 「自己責任」という言葉はなくなればいいと思っています。弱い立場にある人たちを切り捨てる行為を、正当化するために使われている言葉だからです。

 2020年11月、東京都内のバス停で、路上生活をしていた60代の女性が殴られて亡くなる事件が起きました。容疑者は40代の男性でした。衝撃を受けて、この事件をモチーフにした脚本を書きました。昨年公開された映画「夜明けまでバス停で」です。

 現場は、事件の2年前まで私が利用していたバス停でした。だから、彼女がなぜあそこに座っていたのか、分かる気がしました。すぐそばに公園があってトイレと水道があり、夜中でも真っ暗にはならないバス停だったからです。事件を知って、自分には彼女を救うことができなかった、なぜ何もできなかったのだろう、という自責の念が湧いてきました。

 報道を見た翌日、私はバス停に行って花を手向けました。ほかにも多くの人々が花を手向けていました。中年の女性たちばかりだったことが印象に残っています。

 もし彼女がそこに寝泊まりしていたことを知っていれば助けられたかもしれない、と最初は思いました。でも、見かけても声をかけられなかったかもしれないと思い直しました。せめて映画を作ろう、と書き始めた脚本です。

社会の責任まで、誰かのせいに

 彼女は試食販売の仕事をして…

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    平尾剛
    (スポーツ教育学者・元ラグビー日本代表)
    2023年5月26日23時57分 投稿
    【視点】

    僕も同じく自己責任という言葉はなくなればいいと思っています。この言葉は私たちの関係性を希薄にし、ときに分断を生み出しているように思うからです。 自らの責任を潔く引き受けるという文脈で使うのなら構いません。「それには私が責任を持ちます」

    …続きを読む