「基地ない平和な島」願い行進 沖縄復帰の日、記者も歩いた12キロ

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比嘉展玖
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 「沖縄出身ですか?」

 私の名字「比嘉」は「沖縄の名字」として多くの人に知られている。記者になって6年目。これまで幾度も名刺交換をしてきたが、そう聞かれることが多い。

 両親は沖縄出身だが、私は東京で生まれ育った。「私は東京出身で……」という決まり文句で応じる。

 私は沖縄を知らない。

 沖縄の日本復帰から5月15日で51年を迎えるのを前に、基地のない平和な沖縄の実現を訴える「5・15平和行進」が13日にあった。沖縄を歩きながら、土地を知り、他の参加者らと語り合う。

 私は極東最大級の米軍嘉手納基地前などをめぐる12キロのコースを歩くことにした。

 スタート地点の読谷村は1945年4月1日、米軍が沖縄本島で最初に上陸した地だ。村役場前の広場には、県内外の平和団体や労働組合の人々が、さまざまな色ののぼりを立てて集まっていた。

 午前9時半、行進がスタートした。

米国人記者の質問、答えに詰まった

 米国人のベサニー・アーレン…

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