歌人の馬場あき子さん(95)を1年間追ったドキュメンタリー映画「幾春かけて老いゆかん 歌人馬場あき子の日々」が公開中だ。朝日歌壇の選者となって45年。いまも週に2千通を超す市民の短歌と向き合い、自ら書き下ろした能の上演に立ち会うエネルギッシュな日常をカメラは捉えている。なぜいま、馬場あき子なのか。
衝撃を受けた一首
「はじまりは、馬場さんが詠んだ一首に衝撃を受けたこと」と田代裕監督(66)は言う。
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
満開の古木に老いを見、一転「お前はどう生きるんだ」と自らに突きつける。馬場さん47歳の代表歌だ。
テレビのディレクターだった田代さんが独立してドキュメンタリーの構成作家になり、約10年経った50歳のころ。ナレーションのヒントを求めて短歌にすがった時、この歌に出会い「眼前の光景と内面に向けた切迫感が三十一文字(みそひともじ)に凝縮され、揺さぶられた」。
馬場さんのほかの著作も読みあさり、魅了された。
心なし愛なし子なし人でなしなしといふこといへばさはやか
都市はもう混沌として人間はみそらーめんのやうなかなしみ
読む者を強く揺さぶる激しさを秘めた歌、時代を凝縮した歌。「馬場さんの歌をいまの若い人たちにも知ってもらいたい」という思いが根底にある。
「馬場あき子全歌集」(角川書店)が刊行された2021年秋。おそるおそる取材を申し込むと快諾され、ひとりでカメラを回し始めた。初日は朝日歌壇の選歌。シャッ、シャッとテンポ良く投稿はがきを繰る音が印象的な場面だ。
「あんなにひらかれた人はまれ」
撮影を始めると、ざっくばら…
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