初診1回で銃の所持許可 苦悩する精神科医 「後で怖くなった」
長野県中野市で4人が殺害された事件で、容疑者の男は県公安委員会の許可を得て4丁の銃を所持し、そのうち1丁を事件で使ったとされる。公安委の許可には精神科医師か、かかりつけ医師の診断書が必要な仕組みだ。事件で、銃の所持に関する医師の診断に注目が集まっている。
「自分が診断書を出した人は本当に大丈夫なのだろうか。不安で仕方がない」
関東地方の50代の精神科医師はそう語る。
医師は数カ月に一度、猟銃の所持許可のための診断書を書くという。統合失調症はないか。眠れないことはないか。アルコールを飲み過ぎてはいないか。1時間ほどかけて聞いていく。
「ただ、うそをつかれたら終わりです」
「大丈夫と言っているだろ!」 怒鳴る人も
家族の意見も聞きたいと、家族帯同で診察に来るよう頼むが、1人で来る人がほとんどだ。
「大丈夫だと言っているだろ」と怒鳴られたことがある。「許可が下りなければ、有害鳥獣は誰が始末するんだ」と言われることもある。
「人を怒鳴る時点で、許可を出すべきではない。その人たちには再度来るよう伝えるが、来ない人がほとんど。どこか別の医院で許可をもらっているのだろうかと思うと不安だし、自分自身、9割大丈夫だと思えば出してしまう」
「無差別殺人の精神分析」などの著書がある精神科医の片田珠美さんも、診療の難しさを指摘する。
各都道府県が用意する「診断書モデル」には、統合失調症、躁鬱(そううつ)病、アルコール依存などをチェックする項目がある。
許可書が欲しい 問題があっても隠す可能性
ただ、統合失調症は自覚がないこともあり、アルコール依存症は「自分はただの酒好き」などと病気を否認する傾向があるという。「許可が欲しくて診察に来ているので、問題があっても隠す可能性が高い。たった1日の診療だけで見極めるのは本当に難しい」
精神科医の西多昌規・早稲田大教授は、銃の所持許可のための診断を基本的に断っている。
「万が一なにかがあったら、責任を取ることができない」
更新は3年後 「1年先の予測難しく」
銃の所持許可が一度下りると、次の更新は3年後になる。「1年先の予測は難しい。現在の制度では3年間ほったらかしになってしまう。精神疾患の評価は必要だと思いますが、私たちはその評価をするトレーニングは受けていない」
かつて銃の所持許可の診断書を書いたことがある。「かなり時間はかけたが、重要な結果をたった1人でしてしまったのかと、後で怖くなった」
銃の所持許可の診断書を目的とした初診患者を断っている医療機関も少なくない。西多教授は、「1人の医者だけに判断を委ねる制度に問題があると思う」と話す。「医師以外の第三者も交えて、たった一度ではなく、時間をかけて何度も面談することが理想だ」(江戸川夏樹)
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