G7取材拠点に飾られた「黒光り」盆栽 じいちゃんの遺品をアートに
いったい、この異様な黒光りは……。G7広島サミット開催中に取材拠点、国際メディアセンター(IMC)を歩いていると、なんとも不思議な「盆栽」が展示してあった。気になって作り手に話を聞くと、亡き「じいちゃん」への思いが詰まったアート作品だった。
広島県内の伝統工芸品などの展示コーナーの一角。広島ではおなじみの熊野筆やデニムが並ぶ中、かなりの異彩を放っていた。
高さ60センチほど。プレートをみて、松だと分かった。けれども、葉はなく、根の一部も取り去られていた。
幹は溶岩のようにごつごつしている。枝先は赤に彩られていた。プラスチック製品にも見えなくはないものの、色が深い。触ってみたくなったが、我慢した。
作品名は「漆箔木(しつはくぼく)」とある。制作者は広島漆芸作家の高山尚也さん(42)、庭師の着能(ちゃくのう)松太郎さん(47)だ。さっそくホームページから連絡をとった。
「枯れた盆栽を漆で保護し、持ち主の思いを形にして残したものです」
IMCで高山さんが教えてくれた。仏壇・仏具店「高山清」(広島市中区)の4代目として普段は仏壇を仕上げる職人だ。おわんや酒器も制作し、G7サミットでは首脳らへのお土産も手がけた。
漆箔木の誕生のきっかけは2021年春にさかのぼる。
友人から「3年前に亡くなったじいちゃんの盆栽が枯れてしまった。どうにか復活できないか」と相談された。遺品の盆栽を植え替えようとしたところ、失敗してしまったという。
友人の「じいちゃん」だが、高山さんにとっても祖父のような存在だった。生前、天ぷらを食べに料亭へ連れて行ってくれた。
自宅に茶室を作るなど和の文化にも通じ、庭で30鉢以上の盆栽を育てていた。枯れてしまった松は「枝ぶりがええけぇのう」と家族に自慢していたという。
じいちゃんがお気に入りだった盆栽を、何とか残してあげたい。知り合いの着能さんに頼んで見てもらったが、茶色くなった松が息を吹き返す見込みはないという。
捨てるか、風化するまで手元に置くか。あきらめかけたとき、着能さんが思いついた。
漆には木材の保護機能がある。塗ってみたらどうだろう。実際、漆塗りの建築物は何百年も健在だ。半永久的に保存できるかもしれない。
土の菌が枯れ木を腐食しないように、着能さんが下処理。高山さんが漆を塗り始めた。
枯れる前の力強さを表すように、ベースは深い黒を選んだ。枝先から葉が芽吹くイメージで、先端は赤色に。何十回と漆を重ね、完成までに半年ほどかかった。
作品は「ひととき」と名付けた。「人と木」と「一時」という二つの意味を重ねている。友人に見せると「枯れる前と同じくらい生き生きしている。じいちゃんも喜ぶ」と驚いてくれた。
「サンゴのよう」「ドレスを着た人の踊る姿みたい」。鑑賞者によって異なる姿を見せる作品は評判をよび、IMCに飾る作品の一つにも選ばれた。
展示をきっかけに「オフィスに飾りたい」との申し出もあった。ただ、高山さんの思いは強い。「それぞれに元の持ち主や、引き継いだ方の思いがこもっている」。どの作品も非売品だという。
着能さんが「人の目に触れてこその盆栽。世界中から来た人に見てもらえてよかった」とG7を振り返れば、高山さんは「作品を通じて物を大切にする心を感じてもらいたい」と熱を込める。「ひととき」は、高山清のショールームで今後も展示する予定だ。(魚住あかり)
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