楳図かずおさん「手塚先生、ぜひ一緒に……」 手塚治虫文化賞贈呈式

黒田健朗 堀越理菜
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 マンガ文化の発展、向上に大きな役割を果たした手塚治虫の業績を記念する第27回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)の贈呈式が8日、東京・築地の浜離宮朝日ホールであった。マンガ大賞の「ゆりあ先生の赤い糸」(講談社)の作者入江喜和さん(57)に鉄腕アトムのブロンズ像と副賞200万円が、新生賞の「断腸亭にちじょう」(小学館)のガンプさん(43)と短編賞の「女の子がいる場所は」(KADOKAWA)のやまじえびねさん(58)、特別賞の楳図かずおさん(86)には、ブロンズ像と副賞100万円が贈られた。

 式では各受賞者が喜びを語った。

 マンガ大賞の「ゆりあ先生の赤い糸」の主人公は手芸教室の先生で、50歳のゆりあ。くも膜下出血で倒れた夫に、青年男性の愛人がいることが判明。さらに子どもがいる女性の愛人?もいたことがわかるが、まとめて家に呼び寄せ、共同生活が始まる。介護、不倫、性的少数者、コロナ禍などの現実を織り交ぜた「家族」の形を巡る物語だ。昨年全11巻で完結した。

 作者の入江さんは、作品を描いていた時に90代の母の認知症が進み、家族で苦労したと明かした。「どうやってやっていったらいいんだろうなって感じだったので、逆にめっちゃ元気になるようなマンガにしてやるっていう気合が入った。結構、主人公に助けられながら、なんとかなった1年だった」と振り返った。作品は、10月からテレビ朝日系で菅野美穂さん主演でドラマ化されることが決まっている。入江さんは、「見た方が元気になるドラマになればいいなと思っている」と期待を寄せた。

 新生賞の「断腸亭にちじょう」の主人公は、作者のガンプさん自身。ステージ4の大腸がん闘病を、巧みな筆致で詩情的に表現した独自性が評価された。作品は現在も連載中だ。

 ガンプさんは「大腸がんになったときは、マンガを描くということはもう二度とないと思った」とし、周囲の人たちのサポートに感謝を述べた。いつ再発するか分からないため、あまり先のことは考えず目の前のことに集中しているというが、「今日こういうふうに賞をもらって、やっぱりこの場をマンガに描きたいなと。それまではなるべく元気でいて、仕事も続けられたらいいなと思っています」と話した。

 短編賞の「女の子がいる場所は」は、「女の子だから」という理由による差別を身近に感じながら暮らすサウジアラビア、モロッコ、インド、日本、アフガニスタンの少女たちの日常をつづった連作短編集だ。

 作者のやまじさんは、38年前にデビューしてから、描きたいことが湧いてきて、それを描き続けてきたが、近年は描きたいことがなかったという。「私の漫画家人生もうそろそろしまいかなと考えるようになった。でも、描きたいことはないけれど、描けることがあるならマンガを描くことはできるのではないかと、ふと思いついた」。編集部の担当者に探してもらったお題を元に描いたという、今作の制作の過程を振り返り、「このような素晴らしい賞をいただき、本当に励まされた。これからも私に描けることがあるならば描いていこうと思います」と語った。

 特別賞の楳図さんは、「おろち」「漂流教室」「まことちゃん」「わたしは真悟」など、第一人者であるホラー、不条理と狂気あふれるギャグ、未来を予見したようなSFで読者の心を刺激してきた。長らく休筆していたが、昨年、27年ぶりの新作となる101点の連作絵画を発表し、世間を驚かせた。幅広い分野でのマンガ文化への貢献と、新作を理由に賞が贈られた。

 大きな拍手に包まれ登壇した楳図さんは、少年時代に取りつかれたように手塚治虫の作品を読んだ思い出をいきいきと振り返った。めでたい式典の雰囲気に、グラスワインで乾杯したいと話し出した楳図さん。「手塚先生、ぜひ一緒にやっていただきたい」と呼びかけ、会場の参加者とともに、グラスを持ったようなしぐさで、「乾杯」した。

 贈呈式には関係者、招待読者ら約400人が参加した。式後には、特別賞の楳図さん、選考委員を務める芸人・漫画家の矢部太郎さん(45)による記念トークイベントも開かれた。(黒田健朗、堀越理菜)

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