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 「ラスト1周!」。6月中旬、太良の体育館内に主将の西村恭平(2年)の声が響いた。速度を上げて走る選手たちに混じり、監督の坂井史也(30)の姿もあった。

 太良野球部は1、2年生9人。人数が少ないため、坂井や部長の畑田光貴(26)もキャッチボールやストレッチに加わる。坂井は「県内の指導者の中で、いちばん体を動かしている自信がある」と笑う。

 2015年4月、太良に赴任。8回目の教員採用試験で合格し、「やっと、野球の指導ができる」と喜んだ。だが、部員は試合ができる人数ぎりぎり。言われるまで練習前のアップをせず、走る時はばらばら。練習後、転がった球を見て見ぬふりをする部員もいた。

 焦った。「周りのチームから見て恥ずかしくないようにしなければ」という思いから、厳しい説教を重ねた。「ちゃんと走れ」「片付けろ」。監督として初めての夏は0―21で敗れた。

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 坂井は致遠館から立教大学に進学。4年時には、早稲田大学に斎藤佑樹(現・日本ハム)が入学。六大学野球ブームで、明治神宮球場が満員になるのを目の当たりにした。講師時代の14年には佐賀北でコーチを務め、チームは甲子園に出場。練習で憧れの球場の土を踏んだことは、誇りだ。

 大きな舞台で野球をしてきた坂井には当然だったことが、太良では違った。「ふりだし」に戻った気がした。焦って指導を強めても、かみ合わない部員との歯車。佐賀北時代の先輩教師に相談した。「生徒を見てやれ」。はっとした。世間体を意識しすぎるあまり、生徒を置き去りにしていたかもしれない。同じ説教でも、頭ごなしに言うのではなく、生徒個人を見て、言うように変えた。

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 山口晴人(2年)は今、坂井を「おいどんのことを、一人一人気に掛けてくれる」と話す。高校から野球を始めた。入部当初は厳しい坂井に反発を覚えたが、部内で人間関係に悩んだとき、坂井は親身に話を聞いてくれた。「一生懸命な先生を見ると、本気でせんばいかんと思う」

 山口は4番を務めるまでに成長。新チーム結成後初めての練習試合で、右翼線に三塁打を打った。山口がガッツポーズを決め、塁から離れた。「インプレー中だ。早く戻れ」。身ぶりで伝えるが、山口は坂井もガッツポーズしていると勘違いし、さらに強く拳を上げて坂井に見せた。あきれたが、坂井もうれしかった。

 「佐賀でいちばんへたくそなチーム」と坂井は言う。だが成長の感動は大きい。「たとえば、小学生から野球を始めた選手の打球を、高校から始めた選手が捕ってアウトにする。それって、とてもすごいことだと私は思うんです」。今では全員がまとまって走り、率先してグラウンド整備をするようになった。

 6月下旬、監督に就任後初めて、練習試合だが9回を戦いきった。ふりだしだったとは、今は思わない。「太良で、野球の原点を教えてもらった」

 昨秋、部員が一時3人にまでに減ったが、今春新たに部員が入り、新チーム初の公式戦となる夏の大会に臨む。「あいつらに打たせてやりたい」と坂井は願う。山口は言う。「先生のために、打ちたい」

(敬称略)