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 豊洲市場(江東区)が11日に開場し、出入り業者らが営業を始めた。土壌汚染問題などで揺れ、都の移転決定から17年後の開場となった。一方、築地市場(中央区)に隣接していた築地場外市場では、「観光客が減った」と嘆く業者もいた。

 「物流が今、大変革を遂げている。その中で『豊洲ブランド』を一日も早く確立し、しっかりとした役割を果たせるように業界の方々と連携したい」。11日、豊洲市場を視察した小池百合子知事は記者団にそう語った。一方、自身の判断で移転が2年延びた点については「(2年間に)安全性(の確認)を、将来のリスクも見据えた形でできた。有意義だったと思います」と評価した。

 市場業者でつくる豊洲市場協会の伊藤裕康会長(83)も記者団に「思っていた以上に順調に開場できた。築地と比べ衛生的。みんなで知恵を出して使いこなし、栄える市場を目指す」と語った。建物の壁がない「開放型」と呼ばれた築地と違い、豊洲は衛生管理のため、低温を保った屋内で営業する構造だ。

 「築地とは、月とすっぽんだね」。浅草で働く男性すし店員(69)は、豊洲の衛生管理に目を見張った。敷地面積は築地の約1・7倍と広大。川崎市のすし店主、草村誠次朗さん(76)は目当ての店への道順をあちこちで尋ね、「勝手が違いすぎて覚えられないねぇ」と苦笑した。

 市場内の飲食店街も営業を始めた。「1号店」を築地市場内に構えていた牛丼チェーン吉野家も豊洲市場内の店をオープンしたが、常連客の求める品を暗記し、伝票を用いなかった築地とは異なり、豊洲は伝票を使うという。

 一方、旧築地市場前では、同市場の存続を望む人たちが通行人らに存続を訴える場面もあった。

 (西村奈緒美、張守男)

築地「観光客減ると厳しい」

 旧築地市場の北隣にあり、飲食店や水産加工品店など約400店舗が集まる築地場外市場。築地閉場後も営業を続けており、11日も午前8時過ぎには観光客らが買い物や飲食

を楽しんでいた。

 那覇市から友人2人と来た平良八八(やや)さん(28)は、朝食に場外市場の店で海鮮丼を食べたといい、「昔の市場の面影も残っているし、食べ物のいい匂いもして歩いているだけで楽しい」。外国人観光客も多く、市場内はにぎわって見えたが、海鮮丼店の男性店員(64)は「(築地市場に出入りしていた)仲買人が少ない。今後、外国人観光客が減ってくると厳しくなる」と不安げだった。

 魚介類や青果を扱う商業施設「築地魚河岸」は1日に、朝の時間帯を飲食店主らプロの仕入れ優先とする営業形態で新たにオープンした。出店している水産仲卸・丸集の関口裕史店長は「9月以前よりプロの買い出し人が3~4割増えた半面、観光客はそれ以上減った。場外市場は変わらず営業してるんだから、もっと観光客を呼び込まないと」。

 施設内の業者でつくる築地魚河岸事業協議会の楠本栄治理事長は「豊洲がオープンしたばかり。しばらくは客の様子を見て、対策を考えたい」と話した。

 (山田知英)

地下鉄駅名、「市場」残る

 83年の歴史を刻んだ市場がなくなるのに伴い、近くのバス停の名称も変更される。一方、目の前にある都営地下鉄の「築地市場駅」は今のところ、名称を変えないという。

 仲卸業者らが移転し、朝のにぎわいが消えた旧築地市場。その正門のバス停は「築地市場正門前」という名称だったが、11日からすぐ近くの病院名に合わせ、「国立がん研究センター前」に変更された。

 一方で、来場者の最寄り駅だった都営地下鉄大江戸線「築地市場駅」は名称を変えない予定だ。2000年に開業し、1日に約3万3千人が利用。都の担当者は「地元の人たちが慣れ親しんでいる」という。隣接する飲食店などが並ぶ「築地場外市場」が残ることも考慮しているという。

 都や中央区によると、近くの交差点「中央市場前」「市場橋」や、市場正門に向かって走る区道「中央市場通り」も現時点で名称変更の予定はないという。

 これに対して移転を喜ぶのが、東京・新橋と豊洲市場を結ぶ東京臨海新交通臨海線「ゆりかもめ」の「市場前駅」だ。06年に延伸開業してから、12年。担当者は「ようやく駅名と実態が合う」と歓迎している。

 (張守男)