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◆家族受け入れ 施策道半ば

 外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が4月に施行された。造船や建設業で熟練した技能を持つ外国人を対象とする在留資格も新設され、取得すれば家族帯同が可能になる。今後は、労働者だけでなく、その家族の増加も見込まれるが、受け入れ態勢は十分とは言えない。

 「忘れ物がある人はいますか? 鉛筆は削ってきましたか?」

 6月21日の朝、可児市の外国人児童のための教育施設「ばら教室KANI」に明るい声が響いた。ブラジルやフィリピンからやって来た35人の児童の様子を梨ケ瀬貴江教諭(40)が確認して回る。

 連絡帳のチェック、上履きの履き替え、掃除、給食当番……。「ばら教室」は日本独特の学校のルールや習慣になじめず、不登校になってしまう外国人児童を減らそうと、05年に市が開設した。来日した子どもたちは、3カ月~5カ月、ここで日本の学校に慣れ、地元の小・中学校に巣立っていく。

 可児市には、県下最大級の工業団地がひしめき、多くの外国人が働く。在住外国人の数は、2月に過去最高を更新。6月時点で7860人まで増え、市の居住人口の7・69%を占める。

 外国人児童・生徒数は、この20年で10倍以上に増え、市は「ばら教室」など独自に外国人教育に取り組んできた。そんな「先進地」でも模索は続いている。

 今、ばら教室では「待機児童」が発生している。入所待ちの子どもは約20人。かつてない飽和状態だ。教諭1人、外国人の嘱託職員4人など計7人で運営しているが、受け入れは35人が限界。「不就学児を出してはいけない」と、市はNPO法人の可児市国際交流協会に入所待ちの子どもの指導を委託して、しのいでいる。

 そのNPOも飽和状態。部屋が足りず、「教室」はロビーにまで広がる。かつてばら教室を修了した若い外国人スタッフも子どもたちに教えている。定時制高校に通うモレノ・ジェスさん(20)もその一人だ。

 12歳の時、出稼ぎで日本へ来ていた両親に呼び寄せられた。ばら教室を経て中学校を卒業後、自動車の部品工場で3年間働いた。本当は高校に行きたかったが、家族を助けなければと、あきらめた。

 市内の外国人生徒の高校進学率は7割~8割にとどまる。家計を支えるため働く道を選択する子が多い。高校入試は5教科のため、学習が追いつかず、あきらめる子も少なくない。

 一度進学をあきらめたモレノさんは働く中で「自分には足りないものがある」と、高校へ通うことを決意。日中はNPOで子どもたちに日本語や算数などを教え、午後5時から9時まで定時制に通う。

 「勉強は自分の宝物。大きくなったら色んな人と会って、色々な経験をして、夢をめざしてほしい」。小さな子どもたちに学習指導をしながら、そう願う。

 NPOの各務真弓・事務局長は、外国人の意識が「出稼ぎ」から「定住・永住」に変わってきていると感じている。家族を呼び寄せ、家を建てる外国人が増え、空き家をリフォームして外国人にあっせんする業者も出てきた。

 一方で、外国人労働者の多くは、なお不安定な立場だ。リーマン・ショック時には多くが職を失うなど、雇用は経済情勢にも左右されやすい。市では、地元で育つ外国人の子どもたちの未来のために、教育を含めてしっかりした受け入れ態勢を整えたいと考える。

 「(外国人労働者の)子どもたちには、将来、正規雇用で活躍してほしい。そのためには、もう少し、ヒト・モノ・お金が動いてほしい」。市の担当者は、国の施策にも期待する。(松浦祥子)