旧日本軍の慰安婦問題について1996年、国連人権委員会(現・理事会)の特別報告官ラディカ・クマラスワミ氏がまとめた「クマラスワミ報告」の一部修正を、日本政府が求めていたことが16日、明らかになった。慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の著書を引用した部分の修正要請だったが、クマラスワミ氏は拒否した。

 クマラスワミ氏はスリランカの法律家。A4判37ページの報告のうち著書からの引用は英文字で283字。「国家総動員法の一部として労務報国会のもとで自ら奴隷狩りに加わり、その他の朝鮮人とともに千人もの女性たちを『慰安婦』任務のために獲得したと告白している」と記されている。現代史家・秦郁彦氏が吉田氏の著書に異議を唱えたことも記載している。

 この点について、外務省の佐藤地(くに)・人権人道担当大使が米国で14日、クマラスワミ氏に修正を求めたが、「証拠の一つに過ぎない」として拒まれたという。菅義偉官房長官は16日の会見で「国際社会に我が国の考えを粘り強く説明し、理解を求めたい」と述べた。

 これについて韓国の外交省報道官は会見で「吉田氏の証言の検証を口実に、慰安婦問題の本質を曇らせようとすることは決して容認できない」と反発した。

 朝日新聞は8月、吉田氏の証言を報じた過去の記事を取り消した。報告は吉田氏の証言を含めて朝日新聞の報道を引用していない。

 ■3カ国で調査、16人の証言重視 日本が反論撤回、人権委「留意」

 クマラスワミ報告は、人権委の「女性に対する暴力」特別報告官に任命されたクマラスワミ氏が、国連初の公式調査に基づいて作成した。日本国内では一般的な「慰安婦」という用語は被害実態を反映していないとして、「軍事的性奴隷」と位置づけるとした。日本政府に対し、法的責任の受け入れや、元慰安婦への謝罪と賠償など6項目を勧告するよう人権委に求めた。

 クマラスワミ氏は調査で訪れた日本、韓国、北朝鮮の3カ国(北朝鮮は同氏の代理人が訪問)で政府関係者や元軍人、研究者らから聞き取りをしたが、最も重視したのは元慰安婦の証言とされる。報告では16人の体験を聞いたと明かし「深く心を動かされ、当時のイメージを作り上げることが可能となった」と強調している。

 吉田氏の著書を引用したことを「事実誤認」とする指摘は、96年2月に報告内容が発表された当時から、日本の研究者によって出されていた。吉見義明・中央大教授(日本近現代史)も、報告の勧告部分は高く評価しながらも、クマラスワミ氏に「吉田氏の著書には多くの疑問が出ている」と指摘し、記述の削除を勧める書簡を送ったことを明かしている。だが、報告は修正されないまま、96年4月の人権委の討議に持ち込まれた。

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 日本政府も、クマラスワミ報告が人権委に提出された96年当時から反論していた。吉田氏の著書を引用したことについて「依拠すべきではない資料を無批判に採用した」と報告の否定を求める文書も出していた。

 しかし、当時の外務省の担当者によると、クマラスワミ氏に直接会って訂正を求めたが応じてもらえなかった。人権委で「直接反論しないほうが得策だ」との意見が出て、外務省は「細部で反論すると、慰安婦問題で日本は反省していないと誤解される」と判断したという。

 そこで反論文書を撤回し、元慰安婦に償い金を支給する「アジア女性基金」の取り組みの説明に重きをおく文書に差し替えた。結果的に報告は人権委では「留意」という扱いにとどまったが、98年には「歓迎する」とした。当時の人権委関係者は「国連の慣行では、『留意』も具体的な文言を引用していない『歓迎』も必ずしも、報告の内容に賛同したという意味ではない」と語る。

 当時の人権委は旧ユーゴスラビア内戦での残虐行為や中国の天安門事件にからむ弾圧などを議論していた。同じ関係者は「日本はアジア女性基金で対応しており、旧ユーゴや中国と違い一歩進んでいるとの評価だった」という。

 一方、慰安婦問題で日本政府に歴史的責任と謝罪を求めた2007年の米下院決議採択は、安倍晋三首相が「強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」と発言したことが発端だったが、クマラスワミ報告による影響を指摘する声もある。安倍政権は、朝日新聞が吉田氏の証言を報じた過去の記事を取り消したことをきっかけに、今回改めて一部修正を要請した。

 ■本社、第三者委で検証

 朝日新聞は、これまでの慰安婦報道をめぐる記事作成の背景や一部記事の取り消しにいたる経緯、国際社会への報道の影響などについて、弁護士ら有識者7人で構成する第三者委員会で検証。同委は9日に初会合を開き、2カ月程度をめどに報告をまとめる。

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