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 「結末を見るまで死ねないよ」。鹿児島市喜入町(きいれちょう)。福島県双葉町から避難する遠藤昭栄(しょうえい)(72)はタブレット端末のストリートビューで、ふるさとに残した自宅を見ていた。「帰還困難区域」で、除染廃棄物を最長30年保管する中間貯蔵施設の建設予定地。「あと50年、生きなくちゃ」。妻タカ子(71)に声をかけた。

 2011年3月11日。東京電力福島第一原発事故で夫婦2人の避難生活が始まった。双葉町から直線で1200キロ離れたいまの家が8カ所目の避難先だ。

 福島県の双葉、大熊両町にまたがる第一原発の敷地は、かつて軍の飛行場だった。日中戦争が激化する1940年、軍はここの農家を立ち退かせ、飛行場を建設した。遠藤の家もそのひとつだった。一家は飛行場の近くに移り住む。

 17歳のとき、人生が変わる。60年、福島県知事の佐藤善一郎は双葉郡への原発誘致を表明。県議会で「最も新しい産業をこの地に持ってきたい」と語った。

 東電は63年に原発建設の仮事務所を地元に開設し、翌年、県開発公社を介した用地買収が始まる。遠藤の父は山林を手放した。「建設が始まれば、出稼ぎに行かずにすむ。みんな喜ん…

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