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 「総工費2520億円」への怒りと不信を受け、新国立競技場の建設計画が白紙撤回されました。2020年東京五輪・パラリンピックの主会場をめぐる迷走について、みなさんの意見を募っているさなかのことでした。どんなスタジアムを、どんな考え方で建てたらいいのか。急きょ、ご意見を募り直して考えます。

 ●民間でも通用する計画を

 朝日新聞は、政府が見直しを表明する前、新国立競技場について読者の意見や提案を募りました。

 大阪府の会社員、後藤潔さん(59)はそれに応える形で、総工費が基本設計時の1625億円から2520億円に膨れ上がったことに、「こんなずさんな計画は民間だったら責任者の首が即座に飛ぶ」と指摘。事業主体の日本スポーツ振興センターが、膨らんだ理由にアーチで建物を支えるデザインなどを挙げたことにも、「こんな説明を民間ですれば資料を投げ返される」と指摘しました。白紙撤回後は取材に「デザイン選考の段階から、維持費の採算も見ることができる専門家を入れて、民間でも通用する計画にするべきだ」と答えてくれました。

 ●1千億円以下に

 東京都の菊池安展さん(71)はやはり見直し表明前、「子どもの6人に1人が貧困層とされるなど、数多くの生活困窮者がいる現状で、税金の無駄遣いは断じて見逃せない」と投稿しました。その後、取材に「見直しは誠に喜ばしい。約650億円だったロンドン五輪の2倍以上の工費をかける発想自体が間違っていた。これを奇貨として1千億円以下にすべきだ」と話しました。

 ●見直しは当たり前

 見直し表明後も引き続き意見を募ったところ、「当たり前」という厳しい声が目立ちました。埼玉県の石沢直也さん(74)は、「政府は安保法制で国民の不信を買ったので、挽回(ばんかい)策として建設計画を白紙に戻したのだと思う」とみます。匿名希望の女性フリーライターは「ザハ・ハディド氏のデザインといい、開閉式屋根といい、どんどん大金が動こうとしていたことに呆然(ぼうぜん)としていました。当初の計画を主導した人たちは、子どもや女性の貧困、非正規社員が増えていることや、経済的に追い詰められている人たちの姿がまったく見えないのだなと思いました」と今回の経緯を振り返りました。

 ●景観を崩さないで

 白紙に戻った競技場建設。その基本コンセプトとしては、周囲と調和するシンプルさを求める声が多くありました。東京都の山形幸子さん(71)は「森喜朗氏は『立派なものを』と言っていましたが、神宮外苑の景観を崩さないよう、奇抜なものでなく、みえを張らず、日本の身の丈に合った建物を望みます」。都市計画コンサルタントの仕事をしてきた東京都の司波寛さん(78)は、高さ制限が厳しかった頃に立ち戻り「全体を半地下にし、周りを樹木で囲む考え方を基本にすべきだ」と投稿してくれました。

 ●アスリートの意見取り入れて

 具体的にはどんなスタジアムが求められるのでしょうか。東京都の匿名希望の女性は「主役のアスリートの意見を取り入れ、選手にとって使いやすい施設にすること。サブトラックなど必要な施設は常設であること」を挙げます。

 ●徹底的なバリアフリーを

 東京都の繭山紀子さん(63)は「8万人収容は未来の必要性が低いので少なくしていい。徹底的にバリアフリーの競技場を造ればいい」。東京都の中西功二さん(31)も「バリアフリーに配慮し、特別な施設よりも『おもてなし』の気持ちで開催国をアピールすればいい」という意見です。

 ●避難所機能も

 日本が災害大国であることを念頭においた投稿も少なくありませんでした。神奈川県の池上素子さん(45)は「緊急時に避難場所になるよう安全性を第一に考えてもらいたい」と意見を寄せました。

 ●情報開示を

 また、当初計画はデザイン決定過程の透明性を欠いたことなどから、情報開示の要望も。匿名希望の男性(72)は「建設にあたって、デザインの選定根拠、建設費の内訳、五輪後の維持管理費の明細やビジョンなどを国民に明らかにすることが必要」と書きました。

 ■市民活用もっと考えて スポーツジャーナリスト・増田明美さん

 以前の国立競技場はアスリートにとっての「聖地」でした。新国立競技場には、みんなの「宝船」になるような活用を期待します。五輪・パラリンピックは通過点。将来にわたり、競技性の高いスポーツだけではなく、健康スポーツも障がい者スポーツも、音楽などのエンターテインメントも取り込める施設がいいですね。そうなればみんなが自然に集まって健やかな場所になるでしょう。

 海外に行くと、五輪・パラリンピック開催後はその施設でトップアスリートが練習する中、その脇を地元の高校生が走っていたり、競技場外周の遊歩道をご年配の人が歩いていたり。エリートスポーツと市民スポーツが融合しています。新国立も観客席の下にランニングコースをつくり、神宮外苑と結んで誰もが走りやすいようにするとか、周辺にウッドチップのコースをつくるとか。市民利用を増やす視点で考えたらいろんなアイデアが生まれると思います。

 陸上競技のことを考えると、常設のサブトラックがない国立の陸上競技場はまれです。仮設で五輪・パラリンピックを行う計画のままだと、撤去された後は、国際大会どころか国体、インターハイすら開催できなくなります。実質、陸上の競技場とは言えなくなってしまいます。

 すべての人が満足できる施設にするのは難しいことです。どこに妥協点を見いだすか、多方面の意見を聞きながら決断するリーダーシップが求められます。

 (聞き手・村上研志)

    *

 1964年生まれ。高校3年の初マラソンで当時の日本最高記録。84年ロサンゼルス五輪代表。大阪芸術大学教授。

 ■快適なスポーツ空間に 順天堂大客員教授(スポーツ政策論)・鈴木知幸さん

 新国立競技場は、将来のサッカー・ワールドカップ招致を考慮すれば、国際サッカー連盟が規定とする8万人規模の常設席は必要でしょう。屋根は全部を覆う開閉式ではなく、観覧席だけを覆えば十分です。

 計画見直し前に約40億円と試算された年間維持費は、7万2千人収容の日産スタジアムが約7億円であることをみれば、10億円に抑えられるような施設構造にすべきです。そうすれば、コンサート収益を考える必要はさほどありません。

 試算はコンサートを年間12回も行うことが前提で、音が外に漏れないようにすることが開閉式屋根をつける理由でした。ところが、それでは日照の関係で天然芝が育たず、整備もできません。スポーツ施設と両立しない計画だったのです。あくまでスポーツ施設としての機能を侵食しない計画を立ててほしいものです。

 初期の総工費については、かつて東京都の職員としてスポーツ施設の管理運営に携わった経験からすると、空調、エレベーターなどの内部の設備費は落としてはなりません。そこを削ると本来長く持つものが、短期間で使えなくなるからです。

 この競技場は五輪のためだけではなく、後々のためにあるのです。「何億円以下ならいい」という目安をつけず、快適なスポーツ空間をつくることが最優先です。その結果としてかかる初期経費の必要性を国民に説明し、理解を得ることが重要です。

 (聞き手・編集委員 中小路徹)

    *

 1948年生まれ。83年から2007年まで東京都の職員。16年東京五輪招致活動にかかわった。10年から現職。

 ■迷走ぶりに怒りの声

 新国立競技場について、スポーツ面で7月9日から11日にかけて、「さまよう聖地」を連載しました。費用負担を巡る東京都と国の駆け引きや、総工費が無節操に膨らんでいく過程、2019年ラグビー・ワールドカップに間に合わせるために計画見直しがなされなかった実情などを伝えました。

 読者の意見や提案を募ったところ、計258人から投稿がありました。計画に肯定的な意見は4人のみ。大多数が批判、怒りの声でした。17日に政府が計画見直しを表明した後にも意見を募り、48人から寄せられました。白紙撤回を肯定的にとらえる意見のほか、スタジアムを建てる上での提案が多く寄せられました。

 ◇もう黙っていられない――。300以上の投稿を精読しながら感じたのは、この問題への皆さんの憤激と、それを何とか国に届けようという思いでした。

 身の丈にあったもので我慢できないのか。膨大な維持費は子どもの世代に負担をかけるだけではないか。日々の暮らし目線が、スタジアムの時代錯誤を看破したのでした。庶民の叫びが伝わらないまま物事が進んでいく怖さを感じるという投稿も少なからずありました。「しっかり伝えて」という叱咤(しった)激励と受け止めています。

 (中小路徹)

 ◇来週8月3日は『キャラ弁』について考えます。

 ◇ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするか、〒104・8011(住所不要)朝日新聞オピニオン編集部「フォーラム面」へ。

 

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