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 老後、どこでどのように暮らし、どんな最期を迎えるのか。都会から地方へと移住するのか。今の場所にとどまるのか。終(つい)のすみか、そして人生終盤の生き方について考えた。

 

 ■田舎暮らしに適した日本 後藤和昌さん(テレビ番組「人生の楽園」ディレクター)

 第二の人生に田舎暮らしを選んだ人の今と心模様を描く番組「人生の楽園」で、70組の移住者を取材してきました。縁もゆかりもない場所に移住して成功している人には共通点があります。カネじゃないです。みなさん、地域に完全に溶け込んでいる。

 最も印象に残っているのは東京から長崎に移った元雑誌の編集長です。あまりの激務に編集部の机に突っ伏して寝てしまい「このままでは死んでしまう」と決断。地縁・血縁ゼロの大村湾沿いに、300坪の土地を300万円で買い、夫婦で移り住みました。

 プライバシーはほぼ皆無です。知らぬ間に自宅に野菜が置いてあるのは当たり前。ある時は、見知らぬおばあさんが自宅の座敷でお茶を飲んでる。ここで「どなたですか」と聞いちゃいけません。「何だ、いたの?」「留守番してあげてた」「ありがとね」と会話が続けば合格です。

 彼によれば、地元の行事に一生懸命に参加するのもいいが、冠婚葬祭、特に葬式を一度経験すると劇的に変わるそうです。田舎の葬式は1週間。遠慮なく役を割り振られこなした。後でこう言われました。「今なら坪千円でも売ってあげたよ」。地元の人として認めてくれたんですね。

 地域の人たちは、言葉に出さないだけで、溶け込むつもりがあるのか、地域に害をなす人ではないかと、移住者が思う以上に見極めようとしています。逆にいつも雨戸を閉めて「何をしているのか分からない人」は、いつの間にかいなくなってしまいますね。

 有識者でつくる日本創成会議が提言したように、若い間は都市部でがっつり働いた人が、定年前後に地方に移り住むのはオススメの選択肢でしょう。自然が好きで、それなりの蓄えがあり、年金などで一定の収入が確保されるという条件つきですが。生活費は劇的に減ります。僕自身も旭川に居を移し、仕事の時だけ東京という生活です。

 日本は田舎暮らしに適した国だと思います。北は流氷が流れ着き、南にはサンゴ礁がある。狭い国土にバラエティーに富んだ自然が残り、車で30分も走れば総合病院も郊外型スーパーもあり、生活のインフラは都市部と変わらない。何より、移住者には地域での役割が与えられます。定年前後の年齢は田舎では貴重な「若手」です。いろんな役をこなさないといけません。日々の生活に張りが出ます。

 戦後、発展する都会と寂れゆく地方という形で、田舎を一段低く見る価値観があった。でも、今の50代くらいからでしょう、田舎はあこがれの対象です。「都会生活には疲れたでしょ。若い時に頑張ったから、ご褒美に定年後は田舎暮らしさせてあげるよ」みたいな好循環を、世代をまたいでつくりたいと思いますね。(聞き手・畑川剛毅)

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 ごとうかずまさ 60年静岡県生まれ。制作会社を経て07年からフリー。08年、家族とともに北海道旭川市へ移住。テレビ朝日系「人生の楽園」は700回を超す人気番組。

 

 ■尊厳守るのは慣れた地域 浅川澄一さん(福祉ジャーナリスト)

 福祉先進国のデンマークで1982年に提唱された高齢者福祉の3原則の一つが「生活の継続性」です。この原則の背景には、住み慣れた環境を変え、昔からの生活を奪ってしまうことが高齢者にとって大きな負担につながるという現実があります。

 認知症ケアの基本は、これまでの人間関係や生活環境などの空間的な記憶を崩さないことです。逆に、移住によって突然環境が変われば、混乱や動揺が生じ、認知症が一気に表面化する「リロケーションショック」につながる可能性が生じます。

 高齢者の多くが日々の食事を楽しみにしていますが、東京圏から地方に移住すれば食文化の違いによって、味付けは変わるでしょう。例えば、うどんのつゆは東西で異なり、雑煮は地域で様々です。

 さらに方言で会話も変わるし、地域によって近所づきあいのあり方も様々です。バスや地下鉄などの運賃の安い公共交通システムが発達している首都圏とは違い、一般的に地方都市の移動手段は自動車に頼らざるをえない。こうした日常の変化が重い負担につながる恐れがあります。

 また、創成会議は元気な中高年の移住を前提にしているようですが、「今は元気であっても、いつ要介護者になるかわからない」というのが高齢者です。「元気老人」という言葉がありますが、そもそも高齢者は、転倒すれば大腿(だいたい)骨頸部(けいぶ)骨折で動けなくなったり、認知症を発症したりと潜在的に大ケガや障害の可能性を抱える存在です。

 20代の若者による新天地への移住と比べ、前提条件が全く異なるのです。「アンチエイジング」という言葉がはやっていますが、老いれば衰えるのが自然の摂理であることを忘れてはいけません。

 創成会議の指摘のように高齢者の急増によって、東京圏の介護施設が不足することが見こまれるなら、少子化で過剰になった小中学校の校舎と敷地を転用すれば、需要の増加を吸収するための必要な場所は確保できるはずです。

 「住み慣れた地域で在宅医療や介護サービスを受けながら、人生の最期まで暮らしていきましょう」という考え方が、今や世界的な流れになりつつあります。日本も団塊世代が75歳以上になる2025年を見据え、このあるべき姿を「地域包括ケアシステム」として打ち出しています。

 「地方移住」を選択肢として掲げた創成会議の提言は、日本も含めた世界的な潮流に逆行し、それを覆そうとする内容です。とても承認できるものではありません。

 人生の最期を迎える高齢者の尊厳を守るのは移住ではなく、「生活の継続性」を踏まえた定住の場です。住み慣れた地域を離れなくてすむようにする施策が欠かせないと考えます。(聞き手・古屋聡一)

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 あさかわすみかず 48年生まれ。日本経済新聞社編集委員として高齢者ケア、少子化、NPOなどの分野を担当。11年の定年退職後、独立。

 

 ■どこで最期、問題ではない 養老孟司さん(解剖学者)

 すでに葬式も済ませ、戒名ももらっています。5歳で父と死別し、約3千体の遺体を見てきた私にとって、死は考えても仕方のないもの。致死率100%、どうやっても逃れられない。しかも、告別式の日取りを知ることさえできないのですから。

 ところが、90歳になっても「死にたくない」なんて言う老人がいます。死にたくないとは、いまのまま変わりたくないということになります。

 生物である人間は日々、寝ている間も変化するのが当たり前。最近の研究では、人間の身体をつくる分子は7年ですべて入れ替わる、と言われています。すると、私なんて11回も替わったことになる。それでも同じ人間と言えるのか、と思うほどです。

 鎌倉時代初期の文学者、鴨長明は「方丈記」で〈ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず〉と書きました。河を流れる水は絶えないが、決してもとのままではない。〈世中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし〉。人も住まいもまた変わり続けるのが常なのだ、と。つまりは、無常です。

 ところが近代以降、自然を排して都市をつくる過程で、人間は意識であらゆるものをコントロールできる、と錯覚するようになりました。その結果、自意識が肥大して「私」が幅をきかせ、日本では家制度や共同体が壊れていきました。

 親戚や地域の人間関係は面倒でも、暮らしを支える保険のようなものです。それが断ち切られた東京圏で単身世帯が増え、高齢者を介護する人手が足りなくなるのは必然でしょう。

 かつて、私は「参勤交代の復活」を提唱したことがあります。田舎暮らしのススメです。俳人の松尾芭蕉も歌人でもある西行法師も晩年は放浪していました。

 いま、多くの人が病院で生まれ、病院で死ぬということは、生きている間は「仮退院の患者」みたいなもの。どこに身を置いてもいいでしょう。終(つい)のすみかでなくても、1年に3カ月ぐらい都会を離れてみるのです。

 光を浴び、土に触れ、風を感じる。刻々と変化する自然によって五感に刺激を与える。あるいは、人間がつくったものでないものに目を向けてみる。たとえば、雲。どうしてあんな形をしているのか。あるいは、葉っぱ。どうして、こんな形でこんなところについてるのか、と考えをめぐらせてみる。

 すると、気づくはずです。自然のように、人間の意識ではどうにもならないものがあるんだ、と。そして、当たり前のことを思い出す。「今日という日は明日にはなくなる」。ならば、どこで最期を迎えるかはたいした問題ではない、と思うようになるでしょう。(聞き手・諸永裕司)

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 ようろうたけし 37年生まれ。東京大学名誉教授。著書に「バカの壁」「死の壁」、共著に「日本人はどう死ぬべきか?」ほか。

 

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