[PR]

 「おじいさま、おばあさまに『孫の教育に限定して遺産を残せる』と切り出せば気まずさもありません」

 埼玉県の学習塾で今年1月、中学受験を1年後に控えた小学5年生の保護者向けの説明会があった。冒頭説明に立ったのは塾講師ではなく、銀行員だった。

 銀行員が紹介したのは、子や孫の教育資金を一括で贈与した場合、子や孫1人につき1500万円まで贈与税が非課税になる「教育資金贈与」だ。学校の授業料などのほか、500万円までは習いごとや学習塾などの費用も非課税になる。援助したい祖父母らは信託銀行の口座に教育資金を入れ、子や孫は領収証と引き換えにお金を引き出せる。

 説明会に参加した40代の母親はこのとき初めて制度を知った。中学受験までに100万円近い出費を覚悟しなければならず、すぐに実家の父に支援を頼んだ。

 6万8千人の生徒を抱える別の大手学習塾では、今年はこれまでに800人が教育資金贈与を利用したという。2年で約3倍増だ。

 関東の40代主婦は昨年、実家の父から小中学生の2人の息子に計3千万円の教育資金贈与を受けた。

 私立中2年の上の子の授業料と塾代は年間100万円ほど。公立小に通う下の子も中学受験する予定で、塾とスイミング、テニス、英語のレッスンに月約5万円かける。月々に使えるお金は40万円ほどある。それでも「教育資金贈与のおかげで、子どもが希望する進路に進んでいく環境を整えられる。親としての安心感がある」と話す。

 ■不妊治療や結婚式費用も

 2013年4月のスタート以来、教育資金贈与の人気はうなぎ登りだ。信託協会によると、教育資金贈与信託の累計契約数は今年9月末で14万件を超え、贈与のために預けた総額(累計信託財産設定額)は9639億円に達した=グラフ。

 教育資金で非課税となる使い道は今年4月から広がり、留学渡航費や通学定期代が対象に加わった。また結婚式や不妊治療費、ベビーシッター代などに使える「結婚・子育て資金贈与」も新たに始まり、1人1千万円まで一括で非課税の贈与ができるようになった。

 ■上限1500万円、相続対策にも

 制度の人気を支えるもう一つの要因がある。相続税対策だ。

 都内の70代男性は老人ホームに入った今年の春、2人の孫に銀行口座を開いてもらった。高校生の孫に「教育資金」として1500万円、社会人になったばかりの孫に「結婚・子育て資金」として1千万円を贈与するためだ。いずれも非課税の上限額だ。

 男性が持つ財産の評価額は1億円ほど。すでに妻は他界し、なにもしなければ孫たちの父親にあたる自分の息子に1千万円超の相続税がかかる。そこで、1世代飛ばして孫に財産を贈与し、その相続税負担を抑えようと考えた。

 また、1人あたり毎年110万円までの贈与は、お金の使い道に関係なくもともと非課税だ。この「暦年贈与」をこれから10年ほど孫2人に続けていけば、男性の財産は相続税の基礎控除(非課税枠)を下回る水準まで減り、息子が相続税を払う必要がなくなる。

 「孫にかかるお金が贈与でまかなえれば、息子の家計も楽になる。もっと贈与のメニューが広がるといい」。男性はそう話す。

 ■学習支援NPO、寄付が支え

 2人の子どもを育てる大阪府の30代のシングルマザーは、スーパーと新聞販売店の仕事を掛け持ちし、朝9時から夕方5時半まで、週6日働く。自分は高卒だが、「子どもは大学に通わせたい」と、小5の長女の学習塾代(月1万2千円)を確保するために懸命に働く。子どもはもう少したくさん塾で勉強したいようだが、口に出さない。

 手取りは月に14万~18万円。両親はすでに他界し、元夫は約束した養育費を入れない。子ども2人の児童手当(計2万5千円)と児童扶養手当(計4万1千円)があり、長女の就学援助も受けているが、預金する余裕はない。

 経済的に厳しい家庭の子どもの学習を支援する人たちもいる。07年にできたNPO法人「キッズドア」(東京)もその一つだ。

 「じゃあ今日は英語でゲームやりまーす」。毎週木曜日、午後6時半になると、東京都内のビルに中学生とボランティア20人ほどが集まってくる。1回2時間、無償で英語を教える。キッズドアでは、行政からの委託事業を含め、約500人の子どもたちの学習を支援している。

 この活動を支える収入の柱の一つが年間2千万円の個人・法人からの寄付だ。「子どもの貧困」が注目され始めたこともあって寄付は増えてきたが、渡辺由美子理事長は「寄付で社会問題を解決しようという人はまだ少ない」と話す。

 認定NPOなどへの寄付額に応じ、納めた税金が戻ってくる制度もある。

 東京都の会社員大久保綾さん(33)は教育支援の公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」(兵庫県西宮市)に毎月5千円を寄付している。「寄付ならば、自分が必要だと思う分野に間接的にでも税金が使われる」と感じている。年6万円の寄付総額から2千円を引いた額の40%、2万3200円が納めた税金から戻ってくる計算だ。

 子や孫への贈与で受けられる節税メリットに比べれば、ささやかな税制優遇だ。日本ファンドレイジング協会によると、個人の寄付総額の推計(12年)は、震災関連の寄付も含めて約6931億円だった。自分の子や孫に渡す教育資金としてこの2年半に託された約1兆円に及ばない。

 (堀内京子、本田靖明)

 ■<解説>教育格差、税制が助長

 税には、裕福な人から取った税金を貧しい人に分配する「所得の再分配」の役割があるが、日本は「その効果が極めて小さい」といわれている。

 例えば消費税にも、年収が低いほど負担割合が重い「逆進性」がある。収入が少ないと預金に回せず、消費で支出する割合が高くなるからだ。大和総研の試算(12年)では、その割合は年収315万円世帯の69%に対し、1064万円世帯は39%。年収に占める消費税負担額の割合も1・7倍の開きがある。

 そんな中で、アベノミクスを掲げる安倍政権が打ち出したのが、教育資金贈与への税制優遇だ。高齢者の資産を教育などにお金がかかる世代に回すことで、景気を刺激する効果を狙ったものだ。裕福な家の子ほど教育機会に恵まれ、格差が世代を超えて固定化する問題は当初から指摘されていたが、政権は今年度、再分配の「抜け道」ともなる優遇対象をさらに広げた。

 「大卒で正社員になれば生涯で3010万円の納税が可能になる」。NPO「キッズドア」が企業に学習支援への協力を呼びかけるときのうたい文句だ。

 子どもの貧困対策に細やかな民間の活動は重要だ。しかし、低所得者に目配りした税制を作るのは政府の仕事だ。目先の景気を優先し、貧困の連鎖を放置するような政策が続けば、そのツケは子どもだけでなく社会全体が払うことになる。(堀内京子)

 ◇「にっぽんの負担」「証言そのとき」は原則として月曜日朝刊に掲載しますが、9日は休刊日のため休載します。ご意見はメール(keizai@asahi.comメールする)にお寄せください。

こんなニュースも