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 婚姻や家族のあり方は時代とともに変わるものである。国の制度は現実に合っているか。個人を尊ぶ社会を築くためには、不断の見直しが欠かせない。

 明治時代から続く民法の二つの規定をめぐり、最高裁がきのう判決を出した。問われたのは、憲法が定める「個人の尊重」と「両性の平等」に合うかどうかである。

 結婚すると夫婦どちらかの姓を選ばなければならないとする750条について、合理性を認め、合憲とした。

 男女の役割などが多様化し、家族像が大きく変化しているなか、この判決は時代に逆行する判断と言わざるを得ない。夫婦別姓を認めないことで、多くの不平等が生まれている現実を直視しているのか疑問である。

 一方、女性だけに離婚後6カ月は再婚できないと定める733条がある。これについては、100日を超える部分が男女平等に反し、違憲だとした。

 いずれの規定も1898(明治31)年施行の明治民法で定められた。戦後、基本的人権の尊重をうたった日本国憲法の下で新しい民法ができたが、二つの規定はそのまま残り、120年近く続いてきた。

 再婚禁止規定は、生まれてくる子どもの父親が誰かという混乱を防ぐためにつくられた。しかし、医学が発達し、DNA型鑑定で親子関係がわかる時代を迎え、女性にだけ再婚禁止を課す根拠は揺らいでいた。

 やっと禁止期間を短くすることは、司法による一定のチェック機能が働いたといえるが、それでも、今の時代に規定自体が必要なのかとの議論も残る。

 新たな時代の民法はどうあるべきか、国会は真剣に論議を進めるべきである。

 ■憲法の番人の役割は

 夫婦同姓を定める規定については5人の裁判官が、両性の平等などを定めた憲法24条に反すると述べた。3人の女性裁判官は、夫婦の96%が夫の姓を名乗るという不平等が起きている現実を踏まえ、「夫婦が別の氏を称することを認めない点で合理性を欠く」と指摘している。

 「通称使用で不都合が一定緩和されている」などという理由で合理性を認めた多数意見は、およそ説得力に欠ける。

 結婚後も夫婦が望めば別々の姓を選べる。そんな制度を盛った改正案を法制審議会がまとめたのは1996年のことだ。

 しかし、「家族の崩壊につながる」などと保守系議員らが反対し、20年近くたっても実現の見通しは立っていない。

 「結婚後も同じ姓で生き、同じ姓で死にたい」。そんな思いを抱えながら、苦しんできた人たちが、司法に救済の場を求めたのが今回の裁判である。

 選挙で選ばれた代表でつくる国会が法改正を実現するのが民主主義の筋道ではある。しかし、一人ひとりの人権を多数決で奪うことはできない。

 立法という民主的な政治過程を通じた解決が困難なとき、救済の手をさしのべるのが「憲法の番人」の役割であるはずだ。

 ■国際的な流れをみよ

 夫婦同姓の規定を最高裁が合憲としたことは、法改正に動かない政治への免罪符にはならない。別姓を選べる制度に合理性がないとしたわけではない。

 判決は「選択的夫婦別姓のような制度のあり方は国会で論ぜられ、判断されるべきことだ」と述べている。この言葉を国会議員一人ひとりが、党派を超えて真剣に受け止めるべきだ。

 国際社会の見る目は厳しい。日本政府は85年に国連の女性差別撤廃条約を批准したが、国連女性差別撤廃委員会から改正するよう勧告を受けてきた。

 海外では、夫婦同姓を法律で義務づけている国はほとんどない。タイではかつて「結婚した女性は夫の姓を使う」と法律で定めていたが、憲法裁判所の違憲判断を機に05年に選択的夫婦別姓が導入されている。

 国際的な流れをみても法改正に向けた議論を始めるときだ。

 朝日新聞社の11月の世論調査では、選択的夫婦別姓に賛成は52%で、反対の34%を上回り、20~50代のどの年代でも6割前後が賛成だった。若い世代になるほど抵抗感が少ない。

 ■女性に強いられる壁

 女性の社会進出は進み、家族の形は多様化した。結婚したカップルの3組のうち1組が離婚する時代。男性が働き、女性が家事をするという家族モデルが時代に合わなくなって久しい。

 ところが、姓を変えずに事実婚を選んだ人たちが様々な壁で苦労している。配偶者として相続人になれず、子どもが生まれても共同で親権を持つことができない。そんな女性たちの不利益をこれからも政治が放置し続けることは重大な怠慢である。

 家族をめぐっては、無戸籍児など民法の規定が想定していなかった様々な問題が生じている。親や子どもが生きやすい社会にするには、民法をどう見直していくべきか。今回の判決を機に議論を深めていきたい。

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