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 <問> 以下の数字は、江戸時代から明治前期にかけての、大坂(大阪)への綿花の年間入荷量を示したものである。そこに見られる変化は、どのような原因によって生じたと考えられるか。150字以内で述べよ。なお各時点をa・b・c・dと略称してよい。 (a)1714年―10、(b)1810年ごろ―253、(c)1840年ごろ―168、(d)1887年―65  数字の単位は万貫。水運に限る。鉄道による入荷量は、これよりはるかに少なかったと推定される。

 (1980年、東京大学・改題)

 国内で綿花の生産が始まったのは、15~16世紀の中世後期のことです。

 朝鮮や明(中国)から綿布が輸入されると、麻よりも丈夫で、保温性に優れ染色加工も容易であるということで、庶民の衣服として急速に普及しました。

 綿花は収益率の高い商品作物で、主に河内・伊勢・三河などの西国の経済の先進地帯で、豪農の手によって生産が行われました。このため、問題のbの時期には綿業の中心である大坂(明治初期に大阪に改称)に綿花が集中したのです。

 ■綿花が示す浮沈

 しかし19世紀の近世後期に至ると、諸藩も財政再建の一環として専売制を…

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