東日本大震災からまもなく5年。朝日新聞社のクラウドファンディング・サイト「A―port(エーポート)」には、被災から立ち直ろう、地域を元気にしようというプロジェクトが多数寄せられています。また、提携した近畿日本ツーリストの「ミライトラベル」でも二つの案件がスタートしました。
■若き酪農家、自宅跡に牛舎
「そろそろ風入れてやっかな」。阿部俊幸さん(28)は宮城県南三陸町の真新しい牛舎に向かった。津波で流された自宅があった場所に昨年建てたものだ。
乳牛15頭がいる牛舎の窓を開けていく。阿部さんを見て牛たちが鳴き声をあげた。1日2回の乳搾りと掃除など一人でしている。
5年前、阿部さんは避難した裏山から、黒い波に家や牛舎がのみ込まれるのを目の当たりにした。ブルドーザーが地面をはうような声をあげて牛は波に消えていったという。
震災後、知人から今後どうするのかと問われると、「酪農をやりますよ」と答えた。「前を向くしかなかった。どうしようと言っている暇はなかった」
この地で江戸時代から16代続く家で、祖父の代から酪農を本業にしていた。夏は海から風が吹き込んで涼しい。冬も雪は少なく過ごしやすい。牛を育てるには最適だという。ここで酪農を再開するのは、阿部さんには当然のことだった。
酪農を継ぐ決心をしたのは高校生の時だ。母親から通帳や書類すべてを見せられた。そこに記されていたのは借金約1千万円。だが、「なんとかなるんじゃね」と思った。酪農は牛が乳を出す限り、日々収入が得られるからだという。
短大卒業後、酪農を継いだ。当初は飼料代がかさみ、毎月赤字だった。
学校で学んだ技術などを使って、綿密に計算することにした。専門家に来てもらい、えさの配合率を調整し、草の成分を分析。新たな配合にした飼料に牛たちを慣らしていった。その結果、それまでの赤字から、月25万円の黒字に転換できた。
津波に襲われたのは、その矢先だった。
震災から4年、何とか金融機関から3千万円の融資を受け、約200平方メートルの牛舎を再建した。いまでは光あふれる牛舎の中で、ホルスタイン11頭が毎日乳を出し、4頭の子牛が育っている。壁には姉が描いてくれた牛の絵が入った「日向(ひなた)牧場」の看板もある。
酪農家の先輩に教わり、改善を重ねる。若い牛を仕入れ、20頭まで規模を拡大して経営を安定させるのが目標だ。「まだまだこれからだっぺさ」と笑った。
《特典例》3万円の支援で牛の命名権など
■津波跡地でオリーブ栽培
日本三景「松島」の北東に位置する宮城県東松島市。同市牛網に熱海光太郎さん(41)の農場はある。
5年前、この地を津波が襲った。家々は流され、ほとんどが更地にされてしまった。小学校の校庭には、いまも草木やがれきがうずたかく積まれている。
熱海さんは震災後、地域の活性化をめざして、この地で農業法人「よつばファーム」を立ち上げた。だが、「地域から子どもの声が消えた」となげく。子育て世代の多くは、津波の不安がない高台に転居。自身も代々続いた家を農場の作業場に変え、高台に移った。
地域をもう一度にぎやかにしたい、人が集まれるものは何か。頭をひねった。
その中、知人を通じて福島のオリーブ栽培を知った。気候が似た東松島でも栽培できるのではと、「北限のオリーブ」の森をつくる計画を考えた。その先には、津波の中で残った母屋を改修して、古民家レストランを作る夢もある。地域のコミュニティーの拠点にしたいという。
「震災から5年、被災地は自立する段階に入った。本当の勝負はこれからです」と話す。
《特典例》3500円で無農薬野菜詰め合わせなど(KNTによる案件)
■「再び福島へ」 恐竜の骨格修復
福島県広野町の町役場に30年近く、チンタオサウルスという恐竜の全身の復元骨格があった。だが、東日本大震災で頭骨が落ち、大きく破損した。恐竜研究者らがこの恐竜の修復を通して、福島を応援しようと支援を呼びかけている。
広野町は福島第一原発から30キロ圏内にあり、一時は緊急時避難準備区域に指定された。いまも住民の半数が戻らない。「恐竜が気になっても、震災関連の事務に追われて二の次でした」と広野町教育委員会の加賀博行さん(45)は振り返る。
広野町でも恐竜の化石が発掘されていることが縁で、中国のチンタオサウルスがやってきたのは1989年。かつては親が行政手続きをする間、恐竜を見つめる子どもの姿をよく見かけたそうだ。
チンタオサウルスは群馬県神流町に移され、恐竜化石を復元する工房で修復が進められている。3月8日に東京・上野の国立科学博物館で開幕する「恐竜博2016」でお披露目し、全国を巡回した後、広野町に戻す予定だ。
支援呼びかけの代表で、チンタオサウルスを広野町に紹介した、群馬県立自然史博物館の長谷川善和・名誉館長(85)。「恐竜を通して広野町のいまを知ってほしい」と願っている。
《特典例》1万円でフィギュアや恐竜博招待券など
■ボロ布文化財、おしゃれに展示
縫い合わせて、代々使い続けられてきたボロ布。これが「BORO」として、世界的コレクションにも取り上げられ、注目されている。
「おしゃれをすることは生きること。生き物としての本能です」。東京・浅草の「アミューズミュージアム」の辰巳清館長(47)はいう。
同館は、青森生まれの民俗学者田中忠三郎さんの衣服や民具などのコレクションを中心に展示。津軽・南部の刺し子着786点は国の重要有形民俗文化財に登録されている。
貧しい農村生活の中で、布は貴重だった。ちらりと見える所に凝った柄を縫い付けたり、硬い麻布に木綿糸で無数の刺し縫いをしたり、おしゃれに工夫もこらした。
同館は世界に誇れるスタイリッシュな展示をするため、資金を集めている。
《特典例》3千円でBOROエコバッグなど
■ねぶたのライトで職人を支援
雪の生活から解放された爆発的なエネルギーが、力強く色鮮やかなねぶたに結集する。青森市のねぶた師、竹浪比呂央さん(56)はその光景に魅せられた。
ねぶたは、幅9メートル、高さ5メートル、奥行き7メートルの紙の造形。6日間だけ闇夜に輝く。
ねぶた作りには、骨組みから、30~40人が携わる。竹浪さんは、祭りとしてだけではなく、造形として知ってもらい、若手のねぶた師を育てていきたいと思っている。
若手の経済基盤を支えるため、祭りが終わると廃棄されるねぶたの和紙を再利用し、ねぶたのライト「KAKERA」として商品化した。世界に向けて紹介したいという。
《特典例》3万円で「KAKERA」
■企業と提携開始、第1弾はKNT
A―portと近畿日本ツーリスト(KNT)は提携し、クラウドファンディングの資金募集を始めた。A―portとして企業提携の第1弾で、旅行業界では初のクラウドファンディング。A―portは今後さらに企業向けにA―portの仕組みを活用した新規事業開発やCSR(企業の社会的責任)、PR活動などを提案していく。
KNTはプロジェクトを発掘し、A―portの中に設けた専用コーナー「ミライトラベル」で資金を募集する。運用はA―portが支援し、4日に2案件が始まった。
一つは、北米最大のアルペンスキー大会に、14歳以下の選手を派遣する「ナスターレース協会」のプロジェクト。子どもを世界水準に触れさせ、将来のメダリスト候補を育てることを目指す(特典例 8千円でオリジナルTシャツなど)。
もう一つは、被災した宮城県東松島市にオリーブの森をつくろうという案件だ。
KNTは「旅」と「地域活性」をテーマに、今後さらに全国の店舗網を生かして起案を発掘する一方、自社サイトで起案を募集していく。
「みんなに支えられて夢を実現する場を提供し、KNTが実現のお手伝いをしたい」としている。
■集まれ、夢の応援団
クラウドファンディングは、インターネットでアイデアを提案し、「実現させたい」と思う一般の支援者から広く資金を集める仕組みです。支援者は金額に応じた特典がもらえます。
クレジットカードや銀行振り込みのほか、プロジェクトによってコンビニ決済もできます。
詳しくはサイト(https://a-port.asahi.com)で。
【支援に関するお問い合わせ】
メール call@a-port-mail.com
電話 03・6869・9001(祝日を除く月~金曜の10~17時)
【起案に関するお問い合わせ】
上記サイトから
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