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 米大統領選におけるトランプ候補への支持の高まり、英国の欧州連合(EU)離脱。国際社会で、時代が逆流しているようにも見える現象が続く。フランスの知識人、エマニュエル・トッド氏(65)は、グローバル化が大きな節目を迎えているのだ、と読み解く。人々は国境のない世界から国民や国家の枠に戻ろうとしている、そしてそれには理があるのだ、と。10月2~4日に開催される国際シンポジウム「朝日地球会議2016」(朝日新聞社主催)に参加するトッド氏に、来日を前に話を聞いた。

 

 ――大統領選挙でドナルド・トランプ氏が共和党の候補になったことの意味をどう考えますか。

 「(民主党で候補者指名を争った)バーニー・サンダース氏の人気も合わせると、米国社会で大きな変化が生まれていると感じます。支離滅裂で挑発的なトランプ氏のスタイルの陰に隠れがちですが、トランプ氏を支持する人たちの反乱には理があります」

 「また民主党の党大会で、サンダース氏の演説に会場が強く反応したのは、自由貿易や環太平洋経済連携協定(TPP)の問題に触れた時でした。米国では大衆層だけでなく、前は反対していなかった中流層も意見を変えています」

 「昨年のある人口動態調査によると、45歳から54歳までの米国の白人の死亡率は、1999年から上昇しているというのです。途方もないことです。自殺や麻薬、肥満といったことが原因でしょう。生活レベルの低下、退職後の不安……。グローバル化による低賃金の労働力をめぐる競争などが、多くの人にとって耐えがたくなっています。これは、グローバリゼーション・ファティーグ(グローバル化疲れ)なのです」

 「1980年に(小さな政府を目指した)レーガン大統領が選出されてから約35年。1世代が過ぎ、米国は思想的な大転換のとば口に立っています」

 ――それは国民国家が衰退する年月でもあったのでは。

 「最もしっかりしていた国々が弱体化し、最も不安定な国々は壊れていく時代でした。それは、米国が帝国であった時代とも一致します」

 ――今、その米国人も英国人も国民国家の枠組みに戻ろうとしている、と。

 「そうです。英国の場合、トランプ現象に当たるのはEU離脱問題です。原動力は、あまりにたくさんの移民を受け入れることへの拒否反応です。英国でも民族や国民という問題が優先課題になったのです」

 「英国の国民投票は、EU離脱を求めた大衆の声と残留を訴えたエリートたちの対決でした。英国には、エリートに敬意を払うという伝統があります。しかし、それも指導層が国民の安全を守っていると考えられる時に限られます。国民投票の結果は、グローバル化に対する批判です」

 ――エリートが自分の帰属する国などの共同体から離れて動くようになっているということでしょうか。

 「その通り。グローバル化で、エリートは自分の国の人々に対して責任を感じなくなった。それは、彼らの夢だったわけですが」

 ――エリートたちが主導した欧州統合の未来は?

 「アイデンティティーの危機、共同体に帰属しているという感覚の危機が生じています。たとえばフランスへの帰属意識は低下している。けれども欧州に帰属しているという感覚はもっと弱い。欧州は、国民国家が消滅することへの治療法を生み出していません。むしろ重症化させています。今、EUは解体しつつある。最後に神話を粉砕したのは移民危機です」

 ――あなたは移民に反対の立場ではなかったはず。

 「反移民ではありません。ある程度の移民は望ましい。社会に活力を与えるし、人口問題の解決に貢献することもある。しかし、その量や受け入れる社会の人類学的な構造にもたらす意味などを考えておく必要がある。問題は、賛成か反対かではないのです」

    ◆   ◆

 ――あなたは、民主主義は国民国家の枠組みの中でしかうまくいかない、と指摘しています。しかし、グローバル化する諸問題に対して、国民国家はナショナルな(国ごとの)解決しかもたらせないのでは。

 「それは誤った論理です。国同士が交渉して共通の目的を持つことは可能です。欧州がまだ国民国家の集まりだったころは、偉大な共同プロジェクトの時代でもあった。航空機のエアバスや人工衛星打ち上げ用ロケットのアリアンの開発などが実現しました。ところが、欧州が国家間の交渉を飛び越えようとしたときから、なんの決定もできなくなった」

 ――民主主義も国の枠に戻ればうまくいきますか。

 「民主主義の危機は、(グローバル化した)経済の帰結ではない。根源には高等教育の広がりがあります。民主主義の前提は、誰もが読み書きができるようになることでした。そして高等教育を受けるのはごく少数。この人たちが社会でエリートとして生きていくには人々と話ができなければならなかった。ところが今では、高等教育を受ける人が急増し、受けていない人たちとのつながりなしで存在できるようになりました」

 「高等教育を受けた人たちが階層を形成するまでになったため、受けていない人たちの不平等感が高まり、社会に緊張が生じているのです。教育には、民主主義を可能にする要素とそれを破壊する要素が同時に存在するのです」

 「二つの出口が考えられます。高等教育を受けても、グローバル化で苦しむ人は少なくない。ならば、高等教育を受けていない同胞とつながっているのだという理解にたどり着くことです。そうすれば、民主主義は地に足のついたものになる。でなければ、グローバル化どころか無秩序への回帰です」

    ◆   ◆

 ――あなたは近著「家族システムの起源」(藤原書店)で、人類の最初の家族の構造は核家族だと指摘していますね。

 「複雑な家族システムは遅れた形とみられていました。複雑な構造がシンプルになり、個人が登場し、より自由になるのだと。しかし、より自然なのが核家族であり、歴史を経て複雑な形が形成されたのです」

 「グローバル化の夢は一致に向かう夢です。すてきですが、どれほど非現実的な夢であることか。家族構造の歴史の力学も同じです。一致ではなく分岐、分散に向かう力学なのです」

 (聞き手 編集委員・大野博人)

    *

 エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)氏 人類学者、歴史学者。1951年パリ近郊生まれ。パリ政治学院や英ケンブリッジ大学で学ぶ。世界各地の家族構造についての研究の傍ら、現代の政治や社会についても発言。各地の人口動態や識字率などを分析することで、ソ連の崩壊、帝国としての米国の凋落(ちょうらく)、欧州共通通貨ユーロの行き詰まりを予見してきた。先進国社会の分断やグローバル化がもたらす危機についても、早くから指摘している。

 ■来月3日、朝日地球会議2016で講演

 「朝日地球会議2016」では、10月3日に「グローバリズムの危機」をテーマに講演する。さらに「いま、地球で起きていること」と題したパネル討論に臨む。今回のインタビューの詳報を含め、朝日新聞の紙面に1998年以降掲載されたトッド氏のインタビュー集「グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命」(朝日新書)が近く刊行される。

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