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 商法のうち運送や海商に関する条文を改正する法案が、先ごろ閣議決定された。

 いまの経済活動にみあう内容にするのとあわせ、カタカナ・文語体のままだった条文をひらがな・口語体にすることが、今回の改正の大きなねらいだ。

 国会で成立すれば、憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法の基本六法がすべて口語となる。戦後、法令の表記法が変わって70年。要した時間の長さにあらためて驚く。

 ふつうの人が読んで理解できる。法律は本来そうあるべきだが、実態はかけ離れている。

 使われている用語が難しい。文章が長く構成が複雑だ。かっこ書きが多くてわずらわしい。他の条文を準用したり読み替えたりする規定がたくさんあり、一読してもわからない――。

 人びとの権利と義務にかかわり、法的効果が生じる要件や手続きを定めるのが法律だ。正確性や厳密性が求められ、わかりやすさを犠牲にしなければならない面があるのは理解できる。だがそれにも限度があろう。

 形式だけに着目しても、たとえばローンやクレジット取引について定める割賦販売法は、第35条に24の枝番があり、そのうちの「第35条の3」はさらに62の枝番からなる。時代の変化をふまえて条文を追加した結果だが、素人の市民を保護することを目的にかかげ、わかりやすさが一段と求められるはずの法律でも、こんな具合だ。

 法改正のたびに条文の数字が変わると混乱するため、枝番方式にも一定の合理性があるとはいえ、機会をとらえて整理する作業が必要ではないか。

 法律をやさしくという意識は戦前からあった。だが、法案づくりや審査にあたる官僚からは「仕事をするうちに慣れが生まれ、従来通りでいいと思ってしまう」との反省が聞かれる。

 国家権力を名宛て人とし、市民がその権力をしばるために定めるのが憲法だ。これに対し法律は、市民の側からの提起や要望にもとづいて作られたものでも、順守を求められるのは一般の人びとだ。この認識を常にもちながら、立法作業に当たらなければならない。

 法律の制定にかぎらない。

 役所の文書や規則を平易な言葉で書く動きが米国で70年代に始まった。日本でも同様のとり組みはあるが広がりに欠ける。司法の世界でも、裁判員制度の下、わかりやすい審理をめざしているものの、それ以外の法廷は「道遠し」の感が強い。

 誰のための立法、行政、司法か。忘れてはならない視点だ。

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