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 「ジャパンウォーク in TOKYO――オリンピアン・パラリンピアンと歩こう2016秋」が11月23日、開催されました。今年5月に続き、2回目の開催。2020年に五輪・パラリンピックがやってくる東京の街を、ロングコース(13キロ)とショートコース(4キロ)にわかれ、2051人が歩きました。五輪・パラリンピックに出場経験のある31人もゲスト参加しました。

 大会の目的は、歩きながら、歩道の小さな段差に気づいたり、障害がある人たちと触れ合ったりして、街や人の心にある「バリアー」について考えるきっかけを作ること。車いすバスケットボールやブラインドサッカーなど、障害者スポーツの体験会も開かれました。ゲストや一般参加者、ボランティアに話を聞きました。

 ■興味持つことから変わる レスリング・登坂絵莉選手

 左足親指付け根の骨の剥離(はくり)骨折を繰り返していて、リオデジャネイロ五輪後、レスリングの練習はお休みしています。普通に歩くだけでも痛くて、きょうはウォーキングには参加できませんでした。

 足をかばって歩く状態に不便さを感じるけれど、私の悩みはちっぽけだと思います。それは、リオデジャネイロ五輪・パラリンピック合同のメダリストパレードで、柔道(視覚障害)の広瀬誠選手とマラソン(同)の道下美里選手と話したことがきっかけです。

 障害を受け止めるのは大変なことだと思います。日常生活には不便もあるでしょう。強い気持ちでスポーツを極めている姿には、本当に頭が下がります。

 リオデジャネイロ大会の日本代表ユニホームを披露する場に、パラリンピック選手が初めて同席し、「少しでも注目されるようになってうれしい」と話していた、と選手村で同室だった吉田沙保里選手から聞きました。

 障害者や障害者スポーツに興味を持つことから変わる。ジャパンウォークは、その良いきっかけになると思いました。(聞き手・牛尾梓)

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 とうさか・えり 93年、富山県生まれ。9歳からレスリングを始め、初出場のリオデジャネイロ五輪は48キロ級で金メダルを獲得した。

 ■東京を「優しい街」に 俳優・藤本隆宏さん

 車いすの人も知的障害の人も楽しそうに歩いていました。選手を見て恥ずかしがったり笑ったり。車いすで3センチの段差に気づかず転んでしまった人がいたと聞きました。健常者がほんの少しのことと思うことが、障害者には困難になっていることもある。

 20代で悩んでいた時、全盲の競泳選手、河合純一さんと出会いました。手が血だらけ、頭をぶつけながら泳いでいる。すごかった。僕も目をつぶって泳いでみたけれども、とんでもなく大変だった。河合さんは早稲田大の後輩で、水泳部ではなく水泳サークルに入っていました。障害者は部に入れなかったのです。僕や監督たちが働きかけ、部員になりました。一緒に練習するようになり、20年以上の仲間です。

 点字ブロックの上に自転車が止まっていたり、駅にエレベーターがなかったりと、日本はまだまだ障害者が暮らしづらい。障害者が住みよい街になり、世界の人たちに「東京は優しい街」と伝わればいいと思います。(聞き手・青木美希)

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 ふじもと・たかひろ 70年、福岡県生まれ。88年、92年に競泳で五輪出場。現在は俳優として活躍し、NHK「真田丸」にも出演。

 ■互いを知れば触れ合える 車いすテニス・斎田悟司選手

 歩き始めると、ファンだという女性から声をかけられました。「ずっと見てました」と涙目で。驚いたけど、応援してくれる人たちがいることを実感して、また頑張ろうと思えました。

 子どもたちにも「一緒に写真を撮って」とせがまれました。初めてパラに出場してから20年になりますが、少し前までは「車いすに座ってどうやってテニスをするの?」とよく聞かれました。それが、最近はまず「すごいね」と言われることが増えました。

 ただ、注目されていることに甘えてはいられない。長く選手でいられるのは、周囲の支えがあったから。本気で勝ちたいと一生懸命やらなければ、誰も応援してくれないと常に意識しています。

 テニスに出会ってなかったら、こんなに明るく生きていただろうかと思うことがあります。テニスをしたから少しの段差も自力で突破できるし、誰とでも話すことに慣れました。でも、障害者の中には、なかなか思いを口にできない人も少なくない。ジャパンウォークのようなイベントで障害者と健常者がお互いを知ることができれば、触れ合う勇気も生まれるのではないでしょうか。(聞き手・斉藤寛子)

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 さいだ・さとし 72年、三重県生まれ。12歳の時に病気で左足を切断。リオデジャネイロ大会は車いすテニスダブルスで銅メダルを獲得した。

 ■みんなで歩きました

 東京都墨田区の渡辺和子さん(55)は、障害者がどのようなことに不自由や不便を感じるのか、観察しながら歩いた。「白杖(はくじょう)を持った人がスタート地点で混雑に巻き込まれていた。うまく誘導できれば良かったのかも」

 ダウン症の東京都中央区の清水彩花さん(13)は、ショートコースを母と歩いた。リオデジャネイロ五輪金メダリスト、登坂絵莉選手とスタート地点でハイタッチし、「すごくうれしかった」。車いすマラソンの土田和歌子選手にも声をかけられた。「選手たちとお話ができて楽しかったです」

 ■車いすシュート、難しい

 東京都八王子市の中学3年生、礒部みなもさん(15)は母和恵さん(45)に誘われ、一緒に車いすバスケットボールを体験。4大会連続でパラリンピックに出場した神保康広さんたちに教わりながら、ドリブルやシュートを練習し、試合形式で楽しんだ。「とても楽しかった。車いすからのシュートはすごく難しい。ゴールまで遠くて届かなかった」

 障害がある人と話したのは初めてといい「障害は大変だと思うけど、支え合う仲間がいる。パラリンピックのことを勉強したいです」と語った。

 ■ボランティアリーダー奮闘

 ボランティアリーダーを務めた日本大学2年の深田瑠実さん(20)は「ボランティアは無給で地味なイメージを持たれがち。でも、イベントの成功を担う責任のある仕事」。

 東京マラソンでもボランティアを経験。裏方仕事はもちろん、選手や応援者を盛り上げ、また参加したいと思わせる雰囲気を作れるのはボランティアだと実感した。

 「ジャパンウォークでは参加者の『ありがとう。行ってきます』がうれしかった。東京五輪・パラリンピックもボランティアとして盛り上げたい」

 ■VRでスピード体感

 会場では今回初めて、バーチャルリアリティー(VR、仮想現実)を利用した障害者スポーツの体験イベントが行われた。

 ゴーグル型の「ヘッドマウントディスプレー」を装着すると目の前に映像が映し出され、まるでその場にいるような感覚を味わえる。参加者たちは、競技用車いす「レーサー」で陸上400メートルを走行し、抜きつ抜かれつの「デッドヒート」を体感。東京都板橋区の嶋野弥名子(みなこ)さん(43)は「360度、レーサーのスピードまで感じられた。速くて驚いた」と話していた。

 ■大会公式ホームページ

 http://www.asahi.com/sports/events/japanwalk2/japanwalk2.html

 ■大会公式フェイスブック

 https://www.facebook.com/japanwalk.jp/別ウインドウで開きます

 <主催> ジャパンウォーク2016秋実行委員会(アシックスジャパン、JXエネルギー、セコム、NTT、みずほフィナンシャルグループ、三井不動産、朝日新聞社)

 <協力> 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会

 <後援> スポーツ庁、東京都、江東区、港区、江東区教育委員会、港区教育委員会、公益財団法人日本オリンピック委員会、公益財団法人日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会、オリンピック・パラリンピック等経済界協議会

 <運営協力> 一般社団法人日本ウオーキング協会、公益財団法人日本ケアフィット共育機構

 <施設協力> アーバンドック ららぽーと豊洲、がすてなーに ガスの科学館

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