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 朝日新聞社からパブリックエディター(PE)の元に週日届けられる社内文書があります。そのひとつが、毎日の紙面をチェックして記事審査室が発行するA4判6~9ページほどの「記事審査リポート」です。いまは広報部門に属し、編集部門とは一線を画す「記事審」は、独立機関として、記事の内容、扱いの妥当性、読みやすさ等々を「読者目線」で厳しく検証しています。新聞社内の検品システムと言っていいでしょう。

 一般読者の目に触れることはありませんが、いかにしてこのリポートが作成され、それがどのように新聞社内で生かされているか、紙面の向上にどう結びつけられているか。これも読者代表であるPEの役割と考え、取材しました。PEとして個々の記事に対する意見を述べる際に、記事審査リポートと照らし合わせて、参考にすることが多いからです。

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 午前11時半、東京本社の記事審査室を訪ねると、南井徹室長を囲んで、7人のメンバーが定例の会議に入るところでした。机には在京6紙と朝日新聞の大阪・西部・名古屋各本社版などが積まれています。その日の当番の司会で、前日の夕刊、そして朝刊が1面から細かく検討されていきます。メンバーは記者経験のあるベテランぞろい。朝4時半ごろに起き出し、約5時間かけて紙面をじっくり点検し、各紙を読み比べた上で出席します。締め切りが遅い最終版が配達されない地域に住む人は、それより早い版を読んで出社し、そこで最終版をチェックします。

 1時間、小気味よく、密度の濃い論評が続きます。最後に15、16本のレビューの分担を割り振り、各自が執筆にかかります。会議で出たさまざまな意見を織り交ぜ、集約した原稿を14時をメドに取りまとめます。皆で読んで意見を述べ合い、表現をブラッシュアップ。それを3、4回繰り返し、15時配信をめざします。

 配る先は主に編集部門のデスク以上です。仲間内の評価だから「なあなあ」かといえば、私たちが驚くほどの厳しい評言――「(扱いについて)まったく賛同できない」「理解できない」等々に出くわすこともあります。「詳細を読みたい」「さらなる続報を期待する」「客観的データや多面的な見方を提供してもらいたい」といった具体的な注文がつくこともしばしばです。ファインプレーへの拍手も、もちろんあります。

 記事審の役割について南井室長に聞きました。「何よりも次の新聞づくりに役立ててもらいたい、ということです。われわれは応援団。記者を元気づけるためにやっている」。昨年3月まで室長を務めた山川富士夫さんも、「新聞批評ではない。現場への敬意が大前提。ないものねだりにならないように、そして我々のリポートも読みやすく、簡潔に書くように心がけている」と。

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 さて、編集部門はそれをどう読んでいるか。似たような経験は私にもあって、自分が作った雑誌について遠慮のない意見を聞く場に立ち会うと、血圧が高くなり、カッとしたことが何度もあります。どんなに好意的であろうとも、否定的な評価を平静に受け止めるのは至難の業です。

 編集責任者の中村史郎ゼネラルエディターに聞きました。「『岡目八目』で記事の分かりにくさを指摘されると役に立ちます。褒められて勇気づけられることもあれば、ニュースを追うことに夢中になって、全体状況への目配りがおろそかになっている場合は、記事審のひと言がきっかけでまとめ記事につながるケースもあります。確かにムカッとかカチンとかすることもありますが、だからこそ存在意義がある。良薬は『耳に痛し』ですね。ただ、直言が時としてストレート過ぎると反発を招き、提言が意図とは逆に生かされなくなってしまう。聞く側の謙虚さは当然だが、その点はボールを投げる側にも考えてもらいたいですね」

 とはいえ、いまの読者の目はきわめてシビアです。記事を載せる前工程での品質管理はもちろん、商品としての満足度チェックも不可欠です。社内組織であるにせよ、記事審がそれに真摯(しんし)に取り組んでいることはもっと知られて良い事実だと思います。会議の様子を3回見学しましたが、紙面の隅々まで目を通し、議論は真剣そのものでした。

 一方で、その日のニュースをまずスマホで仕入れる読者が多くなりつつあることも確かです。紙とデジタルの関係でいえば、デジタルで知り、紙で確認するという役割分担になってきています。新聞を取り巻く大きな環境変化の中で、どういうチェック&バランス体制を敷いていくかは、従来の記事審の機能、カバーしてきた領分を超えた新たな課題です。

 新聞がデジタルファーストに変わりつつある中で、近未来の読者ニーズ、読者目線に対応するためには、いかなる多角的な検証やフィードバックのシステムを構築していくか――記事審の性格、位置づけにもチャレンジの時が訪れているように感じました。

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 こうの・みちかず 「考える人」(新潮社)編集長。1953年生まれ。近著に「言葉はこうして生き残った」(ミシマ社)。

 ◆原則、第3火曜に掲載します。

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