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 安全保障関連法の施行から、1年が過ぎた。

 集団的自衛権の行使に道を開き、自衛隊の海外での活動をめぐる政府の裁量の幅を拡大し、米軍などへの兵站(へいたん)(後方支援)を世界中で可能にする。

 そんな安保法は「違憲だ」と問う訴訟が全国で続く。民進など野党は「違憲法制」の白紙撤回を求めている。1年がたったからと「違憲」が「合憲」へとひっくり返るはずがない。

 安全保障政策が機能するには国民の理解と納得が不可欠だ。だがこの1年、理解を広げようとする政府の努力はほとんど見えなかった。逆に見せつけられたのは、国民やその代表である国会に情報を隠したまま、安保法の「実績」をつくろうとした政府の不誠実である。

 安倍政権は昨年11月、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊に、安保法に基づき「駆けつけ警護」の新任務を付与した。

 昨年7月、部隊が活動する首都ジュバで起きた大規模な戦闘は、「衝突」であり、「戦闘」ではない――。稲田防衛相が国会で、事実をねじ曲げる答弁を重ねるなかでの付与だった。

 だが、当時の陸自部隊の日報には「戦闘」の言葉が記されていたことが後に分かった。防衛省が「廃棄した」としていたその日報を、陸自が保存していたのに、そのことを公表しないよう防衛省内で指示があったことも判明した。

 こうした事実が報じられなければ、国民にも国会にも隠蔽(いんぺい)され続けただろう。

 南スーダンが事実上の内戦状態にあるにもかかわらず、政府は「PKO参加5原則は維持されている」と主張し続けた。無理に無理を重ねて自衛隊派遣を継続し、そのなかで新任務を付与して安保法の「実績」を積もうとした。

 政府は安保法によって米国の戦争に巻き込まれることは「絶対にない」、隊員のリスクも「高まることはない」と言う。

 だが一連の経緯から見えてくるのは、安保法のために隊員を危険にさらしかねない政権の現実である。

 同時に、政権の思惑にこたえようと、文書管理や情報公開など国民や国会への責任をないがしろにする自衛隊の姿だ。しかも、その自衛隊に対する文民統制が機能しているとはとても言えない。

 こんな状態で存立危機事態などの有事に、歴史の検証にたえる判断が可能だとは思えない。この政権に自衛隊を海外で活動させる資格があるのか。