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 多くの人が大学や短大、専門学校で学ぶことにはいかなる意義があり、コストを社会全体でどう分かち合うべきか。そんな議論が活発になっている。

 安倍首相が改憲項目の一つとして「高等教育の無償化」の方針を打ち出したからだ。

 もっとも、先んじて提唱した日本維新の会に同調するための提案との見方がもっぱらで、自民党内もまとまっていない。

 無償化は法律を改めれば実現できる。わざわざ改憲を持ちだすまでもない。ただ「高等教育を万人に開かれたものに」という考え自体は正しく、その重要性はますます高まっている。

 憲法26条は「能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」を保障し、これを受けて教育基本法は、人種や信条などに加え、経済的地位によっても教育上差別されないと定めている。

 国は教育の機会均等の実現に努める責務がある。改憲に政治のエネルギーを費やすよりも、この現憲法の精神を、確実に実践していくことが肝要だ。

 東大の小林雅之教授らの調査では、年収400万円以下と1千万円超の家庭では、私大への進学率に倍に近い開きがある。国立大に進んでも授業料は年間約54万円とかなりの負担だ。

 資格や収入の形で恩恵を受けるのだから、学費は本人や家庭が負担するのが当たり前だという考えが、根強くある。だが技術革新や国際化に伴い、仕事に求められる知識や技能のレベルは上がっている。いまや高等教育はぜいたく品ではない。

 貧富による進学格差を放置するとどうなるか。

 貧困が再生産され、社会に分断をもたらし、国の根幹をきしませる。逆に、大学や専門学校で学び、安定した収入を得る層が厚くなれば、税収が増えて社会保障などを支える。お金の問題で高等教育をあきらめる人がいるのは、日本全体の損失だという認識を共有したい。

 一律無償化には3・7兆円の財源が必要で、ただちに実現するのは難しい。まずは奨学金制度の改善を急ぐべきだ。

 日本の奨学金は貸与型が人数で9割近くを占め、かつ利息のあるタイプが主体だ。返済の不要な国の給付型奨学金がやっと段階的に始まったが、対象は1学年2万人と極めて少ない。

 有利子型を無利子型に置き換えてゆき、給付型も広げる。授業料減免も組み合わせ、負担軽減を進める必要がある。

 放課後の学習支援など、大学進学前の小中高段階からの支援も重要だ。手を尽くして、26条が真に息づく社会を築きたい。

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