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 無残に崩れた家屋。救助を急ぐ人びとの悲痛の表情……。とてもひとごととは思えない。

 メキシコを19日、マグニチュード7・1の地震が襲った。首都メキシコ市を中心に、200人以上が亡くなった。

 学校の校舎が倒壊して子どもらが犠牲になったほか、がれきの下に残されている人も多いとみられる。一刻も早い救出を願わずにいられない。

 今月7日にも、マグニチュード8・1の地震で98人が亡くなったばかりだ。19日は、震源が都市圏に近かったことで被害が拡大したようだ。

 地球の表面を覆うプレート(岩板)を見ると、メキシコは北米プレートのへりにある。そこに南西方向からココスプレートが沈み込んでいるため、地震が頻発してきた。1985年の同じ9月19日にも、1万人以上の死者を出す地震が起きた。

 日本は、北米プレートを含む4枚のプレートが入り組むところにあたる。たびたび地震に見舞われる条件の下にあるのは、日本もメキシコも同じだ。

 日本から、消防、警察などで構成する70人規模の国際緊急援助隊が現地に向かった。救助犬4頭も捜索に参加する。

 目の前の人命救助に全力を尽くすのは当然だ。日本政府には中長期的な支援でも、国際社会をリードしてもらいたい。

 現地では、倒壊した建物と、無事だった建物が混在しているようだ。復興に向けては、耐震性の高い建物やインフラの整備など、日本の得意分野を生かした支援を進めたい。

 メキシコには1千社以上の日本企業が進出しており、経済の結びつきは強い。それに加え、両国は地震対策をめぐっても、深い縁で結ばれてきた。

 日本で82年に発足した国際救急医療チームは、87年に国際緊急援助隊に衣替えした。救助や災害復旧の専門家も加わるべきだというのは、85年のメキシコ地震支援で得た教訓だった。

 東日本大震災では、メキシコは救助隊員12人と救助犬6頭を宮城県名取市に派遣した。その中には、かつて日本の国際協力機構(JICA)で研修を受けた隊員もいたという。

 日本は近年、海外の災害援助の枠組みを広げてきた。92年には自衛隊を参加させることが可能になった。10年のハイチ地震では、陸上自衛隊がPKOとして復興支援にあたった。

 被災国の支援や、災害に強い社会づくりの知恵を各国と共有する。その取り組みは、平和的な国際協力を掲げる日本が最も力を入れるべき分野である。

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