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 英国人作家カズオ・イシグロ氏(62)に、ノーベル文学賞が贈られることになった。

 長崎に生まれ、5歳のとき英国に移り住んだ氏は、日本と欧州、二つの文化の中で育った。20代に谷崎潤一郎ら日本の小説と出会い、小津安二郎の映画などにも影響を受けたという。

 作品世界が形成されるうえで「日本」の存在があったことを、氏も認める。初期の長編2作は故国に材をとっている。

 ただ、そこに強くこだわることはなかった。自身のルーツを見つめつつ、国籍や民族による違いよりも、人間の普遍性とは何か、を探り続けてきた。

 英国人執事を主人公に、国際的作家としての地位を確立した「日の名残(なご)り」は1989年の作。ベルリンの壁崩壊の年だ。その後、不条理小説やミステリー風の作品など、一作ごとに果敢に手法を変えた。映画やドラマ、舞台にもなった「わたしを離さないで」では、クローン技術や臓器移植を扱った。

 そうした多彩さの中で一貫してテーマにしてきたのは、記憶をめぐる、重い問いである。

 15年に発表した「忘れられた巨人」は、1500年前のイングランドを舞台に、息子を捜す老夫婦の旅を描いた。

 一人ひとりの脳裏に刻み込まれた忘れがたい記憶がある。痛みも、喜びも伴って。一見、平和そうに見える風景の中に、それらを忘却の中に埋もれさせようとする力が働く――。

 ファンタジーの手法で描かれているが、国家や権力者の影を思い起こさせもする作品だ。

 集団として何を記憶し、何を忘れるか。その選別は、危うさをはらむ。民族の違う者同士で憎み合った過去の記憶を為政者がよみがえらせ、悲劇に至ったユーゴスラビア内戦などに着想を得て、90年代からあたためてきたという。

 端正な筆致で物語の奥深く読者をいざなう作家で、政治的な発言はそれほど多くない。だが昨年は、英国のEU離脱の動きが国の分断を生むとして、批判する意見を新聞に寄せた。

 イシグロ氏が注目されるようになったこの四半世紀は、グローバル化の進展を背景に、アジアやアフリカから国境を超えて活躍する作家が増えた時期に重なる。その成果は国名を冠さない「世界文学」と呼ばれる。

 読者も、生まれや国籍を気にとめず、作品そのものを素直に、そして気軽に楽しんでいる。人種や宗教などをめぐる熾烈(しれつ)な対立を依然としてかかえる世界にあって、それはひとつの希望といえよう。

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