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 被爆国に対する国際社会の期待を裏切る行動だ。

 日本政府が国連に提出した核兵器廃絶決議案が波紋を呼んでいる。7月に122カ国の賛同で採択された核兵器禁止条約に触れず、核保有国に核軍縮を求める文言も弱くなったためだ。

 日本は24年連続で決議案を出しており、昨年は167カ国が賛成した。だが、今回の案には、条約を推進した非核保有国から強い不満の声が出ている。

 条約づくりに尽力したNGO・核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN〈アイキャン〉)がノーベル平和賞に決まった際も、外務省が談話を出したのは2日後。「日本のアプローチとは異なる」とし、やはり条約に触れなかった。

 条約の意義を改めて確認したい。核兵器を「絶対悪」と位置づけ、「決して使われてはならない」という規範を国際法として打ち立てたことだ。

 72年前、米軍が広島、長崎に投下した原爆で、人類は核兵器の圧倒的な非人道性を知った。

 だが戦後、米国や旧ソ連をはじめとする大国は「核兵器を持つことで、他国からの攻撃を未然に防ぐ」という核抑止論を持ち出し、核軍拡に走った。

 ICANや広島、長崎の被爆者らの努力で生まれた核兵器禁止条約は、非人道性という原点に立ち返り、核抑止論を否定しようとしている。「核兵器のない世界」の実現に向けた着実な一歩であることは確かだ。

 この流れになぜ被爆国があらがうのか。

 安倍首相は8月に条約への不参加を明言した。河野太郎外相は「北朝鮮や中国が核兵器を放棄する前に核兵器を禁止すれば、抑止力に問題が出る」との見解を表明した。米国の「核の傘」に頼る安全保障政策が、最大のネックになっている。

 北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返し、核の傘の役割は増しているとの見方さえある。トランプ米大統領は米国の核戦力を増強する考えを再三表明し、緊張に拍車をかけている。

 だが、「核には核を」の悪循環は、偶発的に核が使われる危険性を高めるばかりだ。すぐには困難だとしても、核の傘からの脱却と、条約参加への道筋を真剣に模索するのが、被爆国としての日本の責務だろう。

 9月以降、53カ国が条約に署名したが、核保有国や核の傘の下にある国はまだ一つもない。日本が参加の意思を示せば、インパクトは計り知れない。核保有国と非核保有国の橋渡し役を自任するなら、国際社会の多数が支持する条約に背を向け続けるべきではない。

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