[PR]

 かつて欧州は、ローマ・カトリック教会が権勢をふるう世界だった。その体制を揺るがしたのは、ちょうど500年前に始まった「宗教改革」である。

 1517年10月31日、ドイツの神学者ルターが教会の扉に、「95カ条の論題」を貼った。罪を軽くするという免罪符を売り出したカトリックの堕落を公然と批判した。

 既存の体制にあらがう画期的な主張だった。そして折しも、グーテンベルクが発明した活版印刷が、その抵抗を数々の出版物として拡散させ、大衆のうねりをもたらした。

 これを機にキリスト教のカトリックからプロテスタントが分かれた。以来、人類の政治や思想に多大な影響を与え、戦争を含む世界史の背景となった。

 今風に言えば、体制の腐敗に怒った主張が、活版印刷によるリツイートで拡散し、膨大な「いいね」を獲得。木版画もインスタグラムの画像のようにわかりやすく視覚に訴えた。

 人びとの共通の思いを呼び覚ます言論と、新しい伝達技術の出会い。それが改革の条件だったとすれば、今はどうか。

 既成の政治や秩序、価値観が揺らぎ、グローバル化と格差の中で憤りが渦巻く今、インターネットを手に、新たな「改革」は起きえるのだろうか。

 ネット空間には中傷やデマが蔓延(まんえん)し、自分に都合が悪い情報は「フェイクだ」と切り捨てる大国の首脳もいる。国際テロ組織はネットを駆使して破壊の思想を広め、人員を集める。

 一方で、人間の自由や救済を求める営みを最も強く支えるのもネットだ。ノーベル平和賞を受ける国際NGOや民主化運動もネット抜きには語れない。

 時代がいつであれ、問われているのは伝達の技術とともに、主張そのものの説得力なのであろう。いまの技術の先進性に対し、言説の中身を磨く力が追いついていないのではないか。

 宗教改革から5世紀、「自由で平等な信仰」の夢は未完であり、不寛容な勢力は今も残る。しかし、その後、カトリック教会をはじめ多くの宗派が時代とともに自己改革に動いた。

 この50年ほどでエキュメニズム(教会統一運動)の考え方が生まれ、和解の努力が始まっている。イスラムなど諸宗教との対話姿勢も根づいてきた。

 テロの不安と自国第一主義が広がり、移民難民への風あたりが強まる現代の遠い先に、世界は共生の秩序を見いだしているだろうか。その答えは誰にも見えないまま、風に吹かれているのかもしれない。

こんなニュースも