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 特別国会がきょう閉幕する。改めて鮮明になったのは国会を軽んじる安倍政権の姿勢だ。

 森友学園への国有地売却をめぐり、会計検査院が手続きのずさんさを指摘する調査結果を国会に報告した。野党の質問でいくつもの疑問が浮かんだのに、政権は再調査や関係者の国会招致をことごとく拒んだ。

 「建設的な議論を」。首相は所信表明演説で野党に呼びかけたが、それを阻む主な要因は首相の側にある。

 ■「言論の府」の惨状

 立法、行政、司法が互いにチェックし、均衡を図る。憲法は権力分立の原理に立つ。

 しかし今、「安倍1強」の政治のありようが、国会と内閣のバランスを揺るがしている。

 憲法53条に基づく野党の臨時国会召集要求を3カ月も放置したあげく、一切の審議を拒んだまま衆院解散に踏み切る。衆院選で大勝すると、野党の質問時間を削減すべく圧力をかける。

 「数の力」を背景に、内閣は野党の主張に耳を貸そうとしない。その一方で、与党は内閣の意向を追認するばかりの下請け機関と化している。

 内閣あって、国会なきがごとし――。憲法施行から70年後の「言論の府」の惨状である。

 この70年、国会と内閣の関係は大きく変貌(へんぼう)してきた。

 自民党内閣と社会党の野党第1党を前提にした「55年体制」のもとでは、水面下での妥協と取引が重んじられた。与野党の国会対策委員会が、野党に見せ場を作る段取りまで話し合う「国対政治」である。

 長く続いた「妥協のゲーム」を変質させたのは、1980年代末に始まった一連の政治改革の動きだ。

 「政権交代のある政治」をめざして、96年の衆院選で小選挙区比例代表並立制が導入されると、与野党の妥協は成立しにくくなり、真正面からぶつかりあう場面が増えていく。

 ■権力分立のために

 第1次安倍内閣のもと行われた2007年の参院選では、自民党が当時の民主党に惨敗。野党が参院で多数を握る「ねじれ」が生じ、安倍内閣退陣、政権交代へとつながっていく。

 3年後、今度は自民党が参院選で勝利。再びねじれた国会で民主党内閣を追い込み、第2次の安倍内閣が誕生した。

 「55年体制」を懐かしむわけではない。だが今、国政選挙で連勝を重ねる安倍首相は、野党と話し合おうとする努力をあまりにも欠いてはいないか。

 首相に読み返してもらいたい憲法の条文がある。

 「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負う」(66条)

 内閣は行政権の行使に当たって、国会によるチェックを受ける。そのことを通じて、内閣を主権者である国民の民主的なコントロールのもとに置く。権力分立を実現するための、重要な要素だ。

 そのために、憲法は国会と内閣について様々な規定を定めている。

 国会による首相の指名権(67条)▽衆院による内閣不信任決議(69条)▽一般国務や外交に関する首相の国会報告(72条)▽議院から出席を求められた時の首相や閣僚の出席義務(63条)。

 衆参いずれかの総議員の4分の1以上の要求で、内閣に臨時国会召集を義務づける53条も、同様の趣旨である。

 明治憲法は閣僚が天皇に対して責任を負うことを求め、国会への責任は定めていなかった。戦前の反省に立つ現憲法は、国会の関与のもとで、行政が民主的に行われるべきことを明確にしたのである。

 その意義を、首相はいま一度かみ締める必要がある。

 ■国会改革の具体策を

 小選挙区制や政党助成制度の導入、省庁再編、幹部官僚人事の一元化、内閣機能の強化。

 「安倍1強」は、官邸主導の実現をめざしてきた一連の政治改革の帰結でもある。

 強い権力を握れば握るほど、自ら進んで民主的なチェックを受ける。権力者には本来、そんな責任があるはずだ。

 国会の役割は極めて重い。とりわけ内閣を監視し、過ちを正す野党の役割は大きい。

 内閣と与党がめざす野党質問の削減は、もってのほかだ。ただちに撤回すべきである。

 そのうえで、国会の内閣へのチェック機能を強める国会改革の具体策を、与野党で話し合うべきときだ。

 党首討論の月1回開催▽野党の対案がある場合は、内閣提出法案と同時に審査する▽議員同士の自由討議を活用する▽閣僚が国際会議などで出席できない場合は副大臣らが答弁する。

 3年前、自民、民主など4党が合意したのに十分に実行されていない。これらの案を出発点に、再協議を始めてはどうか。

 行政を監視し、緊張感ある政治をつくる。国会の重い使命に与野党の違いはない。

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