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 政治家の役割について、改めて考えさせられる出来事だ。

 自衛隊出身の佐藤正久外務副大臣(自民党)が5日の参院外交防衛委員会で、副大臣の就任にあたって決意を表明した。

 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える決意であります」

 自衛隊員が入隊時に行う「服務の宣誓」の一部を引用したものだ。

 これは本来、政治家が使うべき言葉ではない。野党から批判されると、佐藤氏は国会で「結果として誤解を招いたとすれば大変遺憾だ」と述べた。

 言うまでもなく、政治家と自衛隊員の役割は異なる。

 自衛隊は国を防衛し、日本の平和と独立を守るのが主な任務だ。そのために生命をかけるのが自衛隊員であり、服務の宣誓は特別な意味を持つ。

 一方、政治家はより広い視野から日本を正しい方向に導くことが求められる。政治家と自衛隊員は別の視点に立ち、一定の緊張関係を保つ必要がある。

 政治が軍事に優先する原則が文民統制(シビリアンコントロール)である。

 軍部の暴走を止められなかった戦前の反省から、憲法66条は「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と定めた。国会に責任を負う文民の閣僚が軍事をコントロールし、実力部隊が独走するのを防ぐ狙いがある。

 自衛隊出身の佐藤氏は、今は文民の立場だ。なのにあえて服務の宣誓を引用したのは、自衛隊をコントロールすべき政治家が、自衛隊員と一体化しかねない危うさをはらむ。

 文民統制の精神に背く軽率な発言というほかない。

 佐藤氏は外交交渉によって戦争を回避すべき外務省の副大臣である。自衛隊員の気分のままで外交にあたろうとしているのであれば、心得違いだ。政治家として発想を切り替える必要がある。

 河野外相は国会答弁で「外務省の職員も、国民を守るためには危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める必要がある」と佐藤氏をかばった。

 外交官が職務にあたって生命の危険にさらされる場合はありうるだろう。だがそのことと、自衛隊員の服務宣誓を引用する姿勢は次元の異なる問題だ。

 あくまで外交の可能性を追求することによって、国民の生命と財産を守る。

 その立場に徹することこそ、外務副大臣に任じられた政治家の役割である。

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