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 核兵器を使う、作る、持つ。そのすべてを法的に禁じる核兵器禁止条約の採択を推進した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)に、ノルウェーのオスロで、ノーベル平和賞が授与された。

 授賞式では初めて被爆者が演説に立った。

 広島で被爆したサーロー節子さん(85)。13歳のときの被爆体験を語り、「核兵器は必要悪ではありません。絶対悪です。私たちの警告を心に留めなさい」と呼びかけた。

 核保有国の指導者たちは、真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。

 ■背景にある危機感

 広島、長崎の被爆者は戦後72年間、被害の実相と核兵器の非人道性を訴え続けた。平和賞は、核廃絶を求めてきたヒバクシャらとの「ダブル受賞」といってもいいだろう。

 ICANには約100カ国の450以上のNGOが集う。中心になったのは20~30代だ。国や民族を超え、メールやSNSで連絡をとり、「核は人類と共存できない」という使命感からアイデアを出しあった。

 その行動力は、核廃絶をめぐる新たな運動として高く評価されるべきだ。

 もちろん核禁条約が採択されても、核廃絶がすぐに実現するわけではない。だが、この動きの背景には遅々として進まぬ核軍縮へのいらだちがある。

 冷戦期にさかのぼれば、地球上に核兵器は7万発あった。核不拡散条約(NPT)のもと、核保有国は段階的な核軍縮を約束した。だが、1万5千発近くとされる世界の核弾頭のうち、9割以上をもつ米ロの交渉はいっこうに進んでいない。

 09年にはオバマ米大統領がプラハで「核なき世界」を呼びかけた。核を持つ超大国からのメッセージだからこそ、世界の多くの人々が核廃絶が具体的に前進することを期待した。

 しかし5年に1度のNPT再検討会議は、一昨年、最終文書を採択できないまま決裂。米国やロシアは、核兵器の近代化にすらとりくんでいる。

 ■「分断」を超えて

 このままでは核軍縮が前に進まない。核保有国による段階的削減を待つのではなく、非核保有国が主役となり、主体的に廃絶へ導こう。そんな危機感が新たなムーブメントとなった。

 受賞にはこの流れを核廃絶への一歩に、という期待もこめられていると受け止めるべきだ。

 懸念されるのは核保有国と非核保有国との分断が進み、廃絶への流れが停滞することだ。

 平和賞の授賞式に、核保有国の米ロ英仏中の駐ノルウェー大使は欠席したという。

 11月に広島で開かれた国連軍縮会議で、中満泉・軍縮担当上級代表は「核禁条約とNPTが対立せず、相互補完性を高める工夫がいる」と述べ、双方の歩み寄りの余地を模索する。

 立場は異なっても、同じ場を共有し、語る機会をもつことで、道は開けるはずだ。

 9月から署名・批准がはじまった核禁条約は、50カ国が批准すれば発効する。現時点での批准は3カ国にとどまる。ICANは発効までの目標を2年以内とする。今後、各国に共感を広げていくために何ができるか。運動としての真価が問われるのはむしろこれからだ。

 当面、世界各都市の議会で、条約に賛成する決議を採択させるため、賞金などを原資に基金をつくる。協力団体の活動支援などに使い、核保有国や核に依存する国の民意に直接、訴えかける運動を広げるという。

 ICANが、各国の政府にとって無視できない世論をつくれるかがカギとなるだろう。

 ■戦争被爆国の責務

 廃絶へむけた新たな動きに、日本政府が背を向けるような態度をとっているのは残念だ。

 昨年10月、国連で核禁条約に向けた交渉を17年に始めるよう求める決議案が採択されたとき、日本は反対した。

 ことし8月、安倍首相は訪問先の広島で「(核禁条約には)署名・批准は行わない」と語った。

 確かに、北朝鮮の核・ミサイル開発への懸念は無視できない。米国の「核の傘」の下で、いざというときに米の核兵器に守ってもらわなければいけないという現実こそ直視すべきではないか。そんな声もある。

 だが、日本は戦争被爆国として、核保有国と非核保有国の橋渡し役を自任するのではなかったか。日本が国連に毎年提出している核廃絶の決議案に賛同する国は、今年、大幅に減った。このままでは保有国の代弁者として見られる可能性すらある。

 できることはある。

 条約が発効すれば締約国会議が開かれる。その場には批准していない国も、オブザーバーとして参加できる。たとえばそうした場への参加の意向を示し、被爆国として議論に参画していく積極性があっていい。

 核の禁止を求める国は、日本の登場を待っている。

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