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 沖縄の長い苦難の歩みと、いまなお直面する厳しい現実への理解を欠いた、あるまじき言動だ。強い憤りを覚える。

 米軍ヘリの窓が校庭に落ちてきた普天間第二小学校に「やらせだ」「仕方ないだろう」などと、中傷・揶揄(やゆ)する電話が30件以上寄せられている。

 「後から学校を造ったくせに文句を言うな」「沖縄は基地で生活している」。事実を正しく把握しないまま、学校側をののしるものもあるという。

 今月初め、ヘリの部品が園舎屋上で見つかった同じ宜野湾市の保育園にも「自作自演だ」などの攻撃が相次ぐ。米軍が自らの部品だと認めながら、「飛行中に落ちた可能性は低い」と発表してから始まったという。

 改めて確認しておきたい。

 普天間飛行場は沖縄戦さなかの1945年、学校や住宅があった土地を米軍が接収して造成した。戦後、収容所や避難先から戻ってきた住民は、その周辺で暮らすしかなかった。

 再建された普天間小の児童増に伴い、第二小が69年に開校。この頃から本土に展開していたヘリ部隊が移ってきて、騒音、危険度とも激しさを増す。移転計画も一時浮上した。だが市の面積の4分の1を米軍基地が占めていて適当な用地がなく、地価の高騰もあって断念した。

 また、県民総所得に占める基地関連収入の割合は5%に過ぎず、基地が沖縄の経済発展の足かせになっていることは、数々のデータが裏づけている。

 中傷電話が無知と偏見によるものであるのは明らかだ。日々の騒音や墜落への恐怖に加え、心ない日本国民から「二次被害」まで受ける。あまりに理不尽な仕打ちではないか。

 今回だけではない。オスプレイの配備撤回を求めて沖縄の全市町村長らが東京・銀座をデモ行進したとき、「売国奴」との罵声が飛んだ。ヘリパッド建設工事に抗議する住民を、大阪府警の機動隊員は「土人」とさげすんだ。沖縄差別というべき振る舞いが後を絶たない。

 嘆かわしいのは、本土の政治家らの認識と対応である。

 防衛政務官が沖縄の基地負担は重くない旨のうその数字を流す(13年)。自民党若手議員の会合で、普天間飛行場の成立過程について間違った発言がまかり通る(15年)。沖縄担当相が土人発言を批判せず、あいまいな態度をとる(16年)――。

 誹謗(ひぼう)中傷を許さず、正しい情報を発信して偏見の除去に努めるのは、政治を担う者、とりわけ政府・与党の重い責任である。肝に銘じてもらいたい。

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