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 災害が起こる。それを教訓に次に備える。一歩ずつ、対策は前に進んでいるはずだ。それなのに、自然災害による犠牲は毎年のように出ている。

 社会は被害を小さくする方へ向いているだろうか。

 広大なユーラシア大陸と黒潮という世界最強の暖流にはさまれた日本の国土は、台風の通り道に弧を描いて存在する。四つのプレートがせめぎ合う世界有数の地震国でもあり、多様な自然現象の影響を受けやすい。

 ■弱点多い都会

 近年、地球温暖化がすすみ、水害への警戒が必要だ。

 4千人を超す死者が出た59年の伊勢湾台風後、台風被害で千人を超える死者は出ていない。一方で積乱雲の急発達による極端な豪雨が増え、土砂災害や川の氾濫(はんらん)が各地でおこるようになった。こうした雨は予測が難しく、備えが追いつかない。

 ことし7月の九州北部豪雨では、福岡、大分両県で死者・行方不明者が41人にのぼった。15年には茨城県で鬼怒川の堤防を決壊させた大雨により、県内外で20人が死亡。14年には広島の土砂災害で77人が亡くなった。

 いずれも予測以上の雨が同じ地域に集中した結果だ。

 不測の気象現象は、人間社会の弱点を突くように被害を広げる。九州北部豪雨のような大雨が首都に降ればどうなるか。

 国土交通省の想定では、荒川が都内で氾濫し、水はほどなく東京駅に達し、地下へ流れる。死者は2千人を超え、霞が関は機能不全に陥る。

 日本の独り暮らしの高齢者(65歳以上)は15年度で約600万人と、15年で倍になった。都会でも地方でも、一人で逃げられないお年寄りが増える。

 約80年前、明治生まれの物理学者、寺田寅彦は「天災と国防」と題する文章で書いた。

 「文明が進む程天災による損害の程度も累進する傾向があるといふ事実を十分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならない筈(はず)であるのに、それが一向に出来ていない」

 今こそ、過去の災害から学ぶときに来ている。

 ■安全への過信

 昨年8月、台風10号で川が氾濫し、岩手県岩泉町の高齢者グループホームで入所者9人が死亡した。なぜこんな川の近くに施設ができたのかと、防災関係者から疑問の声が出た。

 付近は洪水の浸水想定区域にすら指定されていなかった。県は指定を検討していたが、東日本大震災の影響で先送りしていたという。今年になって、指定にむけて動き出した。

 13年9月、台風18号の大雨で京都市の桂川があふれ、住宅街に水がおしよせた。市は約27万人に避難指示を出したが、避難所への避難率は1%だった。

 この台風で、約1万戸が浸水、全国で6人が死亡した。京都府には初の大雨特別警報が出ていた。情報が十分に生かされたとはいいがたい。

 ここは大丈夫。以前も同じようなことがあった――。今の社会には、安全へのそんな過信が潜んでいるのではないか。

 全国の河川は堤防や護岸が整備され、排水機能など、洪水対策は格段にすすんだ。だが自然がその壁を破った時、被災者から漏れるのは「生まれて初めての経験」という驚きだ。極端な気象の被害を、ふだんから「わがこと」として意識したい。

 ■遊ぶ、学ぶ、備える

 最近の防災の流れは「自助の重視」である。

 避難勧告や指示は、以前より早めに、広範囲に出される。判断は住民に預けられるのだ。

 西日本などを襲う南海トラフ地震では津波などで死者が最大約32万人にのぼる。避難者950万人は避難所に入りきれず、行政支援は追いつかない。

 長期的には、危険性が高い地域から移転するのが効果的な防災策だ。それが難しいなら、備えを考えておくしかない。

 95年の阪神大震災を機にできた神戸市兵庫区の「ひよどり地区防災福祉コミュニティ」は、発足から19年。年2回、管内約1300世帯の住民の多くが、小中学校で訓練をする。

 息長く続けるコツは「楽しく遊びながらやること」と、代表の森田祐(たすく)さん(73)はいう。

 119番で目の前の現象を冷静に伝える体験。無害の煙で充満したテントからの脱出。地震や大雨にともなっておこる事象を想定し、ときにはゲーム形式で、訓練をくりかえす。

 集まって防災訓練というと、面倒に考えがちだが、日々の暮らしを守るため、隣近所で力を合わせてとりくむ。それが意識を高める一歩ではないか。最近は企業や自治体同士、医師ら専門家の間でも、災害時に協力しあう連携が進む。さまざまな横のつながりを広げたい。

 もちろん行政による情報提供や防災対策があった上で、自助、共助が力を発揮する。

 自然現象は制御できないが、被害を減らすことはできる。

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