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 スポーツを根底で支えるフェアプレーの精神を、土足で踏みにじる行いである。

 カヌー競技で国内トップレベルの選手(32)が、昨年秋の日本選手権の際、ライバルの飲み物のボトルに、ドーピング違反となる薬物を混入していたことがわかった。東京五輪出場を争う仲間の転落をもくろむという、過去に例のない不祥事だ。

 レース後の尿検査で陽性反応がでた被害選手は、薬物の使用を否定。日本カヌー連盟が調べる過程で、問題の選手が自分の仕業であると告白した。あわせて、別の選手に対しても練習用具を盗んだり、壊したりしてきたことを認めたという。

 いずれも同情の余地のない卑劣な行為だ。非を悔いてみずから申し出たことが、せめてもの救いというべきか。

 事件は、いまのスポーツ界が直面する現実を浮き上がらせたともいえる。「個人の罪」で片づけずに、不正に及んだ経緯や背景を検証・共有し、全体で対策を練る必要がある。

 ドーピング検査で陽性になると、選手自身が無実を証明しなければならない。このため治療で処方される薬も事前に届けるなどして、疑われないようにする。また、今回のような「おとしいれ」に備え、一度ふたを外した飲み物には口をつけないなどの自衛策をとることも、もはや当たり前になっている。

 五輪や大きな世界大会への関心が高まり、スポーツでの成功が収入や社会的地位の向上に直接結びつくなか、不正がはびこり、重圧で自分を見失ってしまう選手がいる。

 残念だがそういう実態がある以上、選手・指導者はこれまでにも増して自己管理に努め、一方、競技団体は会場設営や警備員の配置などを工夫し、サポートに万全を期す。それが互いの義務と考えるべきだろう。

 あわせて、スポーツ倫理を組み込んだ教育・研修プログラムを成長過程にあわせて編成し、子どものうちから折にふれ、伝えていくことも大切だ。

 選手の相談に乗り、精神面から支えるメンタルトレーナーの育成・充実や、納得できる代表選考なども、引き続きとり組むべき課題である。

 人間である以上、ねたみやあせりがあってもおかしくない。名誉欲が競技力のアップにつながることもあるだろう。

 だが競い合う仲間への敬意、そして競技に対する誠実な姿勢を欠いたところに、スポーツはなり立たない。「良き敗者」の存在は、ある意味で、勝者以上にスポーツの尊厳を高める。

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