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 物理学者の故湯川秀樹博士が1945年の終戦前後に記した日記が公開された。海軍の原爆研究に関与していたことを示す記述がある一方、戦後、反戦・核廃絶運動にとり組むに至る軌跡がうかがえる。

 興味深いのは、45年秋以降、京都学派と言われた著名な哲学者や文学者に頻繁に会っていたことだ。核兵器のもたらす悲惨な現実を目の当たりにして、科学者の果たすべき役割を考えていた時期と思われる。

 日記を分析した専門家は、異分野の碩学(せきがく)との議論が湯川の思想形成に影響を及ぼした可能性を指摘する。本人の胸の奥は明らかでないが、いまの社会に大きな示唆を与えてくれる。

 すなわち、科学者が自らの研究の意義や影響について、専門外の人と対話を繰り返し、広い視野を持つことの大切さだ。

 原子力に限らず、科学技術は意図していなかった使われ方をする恐れが常にあり、人間を幸福にするとは限らない。

 2012年に新たなゲノム編集技術クリスパー・キャス9を発表した米生化学者のジェニファー・ダウドナ博士は、自著で科学者が研究室を出て社会と対話することの重要性を訴えている。博士らは15年、ゲノム編集研究のあり方をめぐり、生命倫理や法学の専門家、政治家、規制当局、患者団体などをまじえた国際会議を主催した。

 「居心地のよい場所から思い切って飛び出し、ふだんの交友範囲を超えた研究者以外の人たちと科学について話し合うことの大切さを思い知った」(「CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見」文芸春秋)

 内閣府の昨年の世論調査によると、科学技術の発展について「プラス面が多い」と答えた人は約53%で、10年前から8ポイントの減。一方、プラス面マイナス面が「同じくらい」は36%で11ポイント増えた。「科学技術に関する政策の検討には一般の国民の関わりがより必要」との考えには、79%が賛意を示した。東日本大震災の後に、科学者や技術者への国民の信頼度が下がったという別の調査結果もある。

 マスコミ発表や施設公開などを通して、科学者が自らの研究成果をわかりやすい表現で外部にアピールする機会は増えている。だが、科学の側からの一方的な情報発信だけでは、実りあるものとはいえない。

 研究の細分化・分業化が進み、研究費獲得のためには論文を発表し続ける必要がある。そんな時代だからこそ、いったん立ち止まり、考えを深める時間がますます貴重になっている。

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