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 ■ありがとう 夏100回 これからも

 「八月十四日より五日間/阪神間鳴尾運動場に於(おい)て/昨年の覇者は愛知一中!今年は誰?」

 1918(大正7)年7月2日付大阪朝日新聞1面に、第4回全国中等学校優勝野球大会の開催を知らせる社告が載った。その真上に、日本海の対岸ウラジオストクで起きた、チェコスロバキア軍とソビエト赤衛軍の市街戦を報じる記事がある。

 前年11月の共産主義革命で、ロシアにソビエト政府が成立。指導者レーニンは18年3月、第1次世界大戦の敵国ドイツやオーストリアと単独講和し(ブレスト・リトフスク条約)、泥沼の大戦から離脱していた。

 第1次大戦の主要な戦場は、ドイツからみて東側の東部戦線と、反対側のフランス国境一帯の西部戦線とがあった。ソビエト政権との単独講和で東部戦線が消えるとドイツが西側へ大攻勢に出るのではと恐れた英仏など連合国側は、ソビエト政府の打倒と東部戦線の再構築をもくろむ。オーストリアからの独立を掲げ、ロシアの旧政権と共闘していたチェコスロバキア軍約3万8千人の救援が口実とされた。彼らは地球を東へ1周して西部戦線を目指そうとして、シベリアで孤立していた。

 連合国は米国と日本にシベリアへの派兵を要請。日本は7月12日の閣議で出兵を内定する。これを13日に号外で報じた大阪朝日は、「之(これ)を寺内内閣の下に行(おこな)ふのは、如何(いか)にしても危険千万」(14日付夕刊1面トップ)と批判。野球大会を「第四次争覇戦/一箇月後に迫る」と報じた17日付朝刊でも、1面トップに出兵問題の論説を掲げて「国民を欺く勿(なか)れ」と反対した。

 年初以来、米価は暴騰していた。全国14の地方大会の先陣となる京浜大会開幕を告げる25日付記事の真上に、「今後『米』の値を何(どう)するか」の見出しで、米価安定策が論じられている。

 前年の雪辱を狙う関西学院中(現関西学院)は31日、兵庫大会初戦を28―0で突破。同日、京都取引所は米価の動向が公益を害する危険があるとし、取引を停止した。(編集委員・永井靖二)

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