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 「白虹(はっこう)日を貫けり」――。米騒動による全国中等学校優勝野球大会の全国大会中止から9日後、寺内内閣を糾弾する記者の大会を報じた1918年8月26日付夕刊(25日発行)で大阪朝日新聞が使った表現は、中国の歴史書「史記」が出典とされる。「白虹」は兵を、「日」は君主を指し、凶事の前兆を意味した。

 大阪朝日新聞の社内の記録によれば、社長の村山龍平は日頃から新聞紙法による弾圧を警戒し、政権を批判する際でも皇室と関連づけられる表現はしないよう、編集幹部に注意していたという。問題の原稿は、社会部長の長谷川如是閑(にょぜかん)が途中まで手を入れていたが、用事があって外出。続きは別の人が監修したが、「白虹」の意味を解さないまま工場へ回していた。印刷が始まった後で複数の幹部が「危ない」と指摘。輪転機を止めて「白虹」の前後4行を鉛版から削ったが、すでに1万部が市中へ発送済みだった。

 当局は、これを内乱を促し皇室の尊厳を傷つける言説だと問題視した。当時の新聞紙法は「安寧秩序ヲ紊(みだ)シ又(また)ハ風俗ヲ害スル事項」を掲載すると、発行人と編集人は禁錮か罰金が科せられ(第41条)、裁判所は新聞の発行を永久に禁止できた(第43条)。9月9日、同社発行兼編集人の山口信雄と筆者の大西利夫が、同法第41条違反の罪で在宅起訴される。

 米騒動は44道府県で約100万人が加わったとされる。26府県で軍隊が出動。2万5千人以上が検挙され、死刑2人、無期懲役12人を含む計8千人超が厳罰を受けた。9月、様々な組織が、争乱の事後処理や出直しを強いられた。寺内正毅(まさたけ)首相は9月21日、事件の責任を取って辞表を提出。29日に本格的な政党内閣、原敬政権が発足する。

 大会中止で悲願の優勝が再び遠のいた関西学院中(現関西学院)野球部は、対外試合を精力的にこなし、3度目の挑戦に向け再出発。一方、大会主催者の大阪朝日は、「白虹」の記事をめぐって存続の危機に立たされていた。(編集委員・永井靖二)

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