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 石牟礼(いしむれ)道子さんが亡くなった。著書「苦海浄土」で水俣病患者の声をすくいあげてきた作家が告発したのは、公害や環境の破壊にとどまらない。私たちの社会に深く横たわる「近代」の価値そのものだった。

 「まずは見てほしい」。水俣を訪れる客人に、石牟礼さんはそう言って案内したという。

 悲劇を忘れさせるほど真っ青な不知火海(しらぬいかい)が美しい。そう話す人に、笑顔で「まさにそれを見てほしかったのです」と。

 恵みの海とともにあった人々の質素だが穏やかな暮らしが、いかに奪われたか。成長を最優先し欲望をかきたてる政治、科学への信頼、繁栄に酔い、矛盾に目を向けぬ人々。それらが、何を破壊してしまったのか。

 虐げられた人の声を聞き、記録することが、己の役割と考えた。控えめに、でも患者のかたわらで克明な観察を続けた。

 運動を支えるなかで、国を信じて頼りたい気持ちと、その国に裏切られた絶望感とが同居する患者らの心情も、逃さずに文字にした。「東京にゆけば、国の存(あ)るち思うとったが、東京にゃ、国はなかったなあ」(苦海浄土 第2部)

 権力は真相を覆い隠し、民を翻弄(ほんろう)し、都合が悪くなると切り捨てる。そんな構図を、静かな言葉で明らかにした。

 現場に身をおくと同時に、石牟礼さんが大切にしたのは歴史的な視点だ。公害の原点ともいうべき足尾鉱毒事件を調べ、問題の根を探った。

 こうした射程の長い複眼的なまなざしが、さまざまな立場や意見が交錯し、一筋縄ではいかない水俣病問題の全体像を浮かびあがらせ、人間を直視する豊かな作品世界を作り上げた。

 「水俣」後、公害対策は進み、企業も環境保全をうたう。だが、効率に走る近代の枠組みは根本において変わっていない。福島の原発事故はその現実を映し出した。石牟礼さんは当時、事故の重大性にふれ、「実験にさらされている、いま日本人は」と語った。

 石牟礼文学には西南戦争や島原の乱に材をとった魅力的な作品も多い。通底するのは民衆への深い共感と敬意である。

 どん底状態に身をおいても、人は希望をもち、隣人を思いやることができる――。石牟礼さんの確信は、今の時代を生きる私たちにとって、一つの道しるべといえるのではないか。

 明治150年。近代国家の出発が為政者から勇ましく語られる時だからこそ、作家が生涯かけて突きつめた問題の深さと広がりを、改めて考えてみたい。

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