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 「夏草やつわ者共の夢の跡」。熱帯雨林に囲まれたメキシコ南部チアパス州の小村に、そんな日本語を刻んだ記念碑が立っている。121年前、中南米で初めて日本人が集団移住した土地アカコヤグアだ。計画はすぐに崩壊し、この地域への入植はやがて途絶えたが、今も多くの日本人の子孫が暮らす。1世紀以上を経てなお、村には「日本」の記憶が生き続けている。(アカコヤグア=田村剛)

 ■学校設置・礼儀・餅…子孫「誇り」

 首都メキシコ市から南東へ約800キロ。中米グアテマラとの国境が近いアカコヤグアは、簡素な家々が並ぶ静かな村だ。現在、日本の名字を持つ日系の人々は数百人とみられ、6世も誕生している。公園に立つ記念碑は地元の日系人らが1968年に建てた。正面には「榎本殖民(しょくみん)記念」の文字。裏側に大書された「夏草や」の句が目を引く。

 最初に日本人が来たのは1897年。明治維新の五稜郭の戦いで知られる元外相・榎本武揚が計画、コーヒー栽培を目的に35人が到着した。調査不足や資金難で計画が失敗した後も、一部の移民はとどまり、後から合流した日本人もいた。

 「何もなかった場所に、学校をつくり、電気を引いた。日本人の子孫であることを誇りに思ってきた」。日系4世のハビエル・ヤマモトさん(32)は胸を張る。愛知県出身の曽祖父は最初の移民団の一人だった。

 1世の多くがメキシコ人女性と結婚し、2世以降は日本語を次第に使わなくなった。ハビエルさんも日本語はわからない。それでも「礼儀正しさや時間を守ることを小さい頃から教えられてきた」と言う。

 毎日、白いご飯を食べるのも、日本からの習慣だ。村では日本人によって米食が広まった。うどんのように、スパゲティを野菜と一緒に鶏ガラスープに入れて食べることもある。

 3世のセルミラ・ホリタさん(62)の家では、祖父や父親が好きだった餅をつくる習慣が残る。大みそかは餅を持って祖父らが眠る墓地を訪れるのが習わしだ。

 セルミラさんは「餅を食べると…

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